世界平和統一家庭連合(旧 世界基督教統一神霊協会)

杉並家庭教会

Family Federation For World Peace and Unification

杉並教会正面

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杉並家庭教会の歴史

 

 19611227日は杉並区馬橋(現在の高円寺北4丁目)に本部教会が置かれた日です。西川勝先生が195910月、雄鶏舎で初の礼拝を捧げてから2年余り。この馬橋時代は「東北沢」と呼ばれた世田谷区の「立体文化センター」に移るまでの11か月間です。この間、周藤健先生(現副会長)や久保木修己先生(1964年〜91年会長、9812月昇華)が入教し、飛躍的発展の前夜となりました。

 移転先の「立体文化センター」も馬橋時代の輝かしい証しの一つです。懸命の祈りと精誠、やるべきことをすべてやり尽くした土台の上に啓示を受け資金を捧げる人たちが現れたのです。

 当時の教会を周藤先生は次のように証ししました。

 「西川先生の説教でした。最初は落ち着いた口調でしたが、次第に火が付いたように力強い調子になっていくのです。…床を踏み鳴らし…汗がにじみ…以前所属していたバプテスト教会の牧師の説教とは、信じられないほどの大きな違いがありました…」。

 また、久保木先生は次のように述べています。

 「六人しかいないのに何万人にも向かって語るように、ありったけの声を出して話すのです。そして、重要なところになると、ドンドンと机をたたくのです。これほどまでに真剣に訴えるとは、一体何があるんだ、…信念に強く心打たれ…私の心を占めていったのは、いつかこの青年たちの所に来なければならないという思いでした」。

 2008 530日、文亨進様をお迎えした杉並教会は、徳野英治会長も199294年ごろの教会長として2年半にわたり活躍した成田東の館から同区善福寺の館に、24年ぶりに移転しました。

 2008年1124日、任導淳先生夫妻を迎え、より広く大きくなった教会で入堂式を行いました。馬橋時代に続く、希望の時代へのスタートです。

                           

街道の杉並木が名前の起こり

 

 東京都杉並区は、自然が多い閑静な住宅の街です。同区大宮八幡近辺が都の人口重心とされ、「東京のへそ」と呼ばれます。名の起こりは江戸初期、領主の岡部氏が青梅街道沿いに杉並木を植えたことから。明治ころには並木はなくなっていましたが、村名などに受け継がれました。関東大震災(1923年)の後、多くの文化人が都心や下町から移り住んだ文化の地です。今では練馬区や三鷹市とともに、世界有数のアニメーション産業の集積地に発展。「ガンダム」や「ハイジ」など、多くの作品が制作されました。

                           協力:光言社




杉並区内で見た教会の位置

教会の位置