世界平和統一家庭連合(旧 世界基督教統一神霊協会)

杉並家庭教会

Family Federation For World Peace and Unification

自叙伝書写 

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天暦8月11日(2016年9月11日)

 9.11世界平和祈願2000名書写の集い

 全世界の人類が、全て自分の兄弟
 

9月11日、西東京が主催する「9.11世界平和祈願2000名書写の集い」が杉並家庭教会に程近い勤労福祉会館からインターネットで6教会を結んで開催されました。

杉並家庭教会ではこの日4ラウンドを設け1000名の動員をし、 同時多発テロから15年目にあたり平和の祈りを込めて参加者全員にNYのグランドゼロに手向ける千羽鶴を折って頂きました。

各ラウンドが終わると教会で用意した軽食とメッコールを頂きながら歓談のひと時が持たれました。


  第5回真の家庭第運動会

天暦3月5日(2016年4月11日)

 自叙伝書写感謝の集い3周年記念大会

 『真なる愛は、与え、また与えても、なお与えたい心です』
  4月11日(月)、府中の森芸術劇場どりーむホール於いて「自叙伝書写感謝の集い3周年記念大会」が開催されました。 西東京教区では、毎月11日を自叙伝書写感謝の集いの日と決め、外会場を使用したり、インターネットで6教会を繋いだりしながら、毎月、書写大会を行ってきました。 オープニングでは、ジョンファさんが「アメージング・グレイス」と、この大会のために創った「道標」という楽曲を披露してくれました。 一部では、浅川先生が「真なる愛は、与え、また与えても、なお与えたい心です」のタイトルで講話をされました。 二部では、まるでダンスのようなジャグリングと、KJエンターテイメントのK-POPビクスが披露されました。 最後は、豪華客船のランチクルージングや、シルク・ドゥ・ソレイユ東京公演のペアチケットが当たる大抽選会がおこなわれました。 今回は37回目であり、3周年ということで、参加してくださった2000名の参加者が喜んでいただける盛大な大会となりました。
  3周年記念大会

天暦4月3日(2015年5月20日)

 浅川先生の講話(自叙伝書写感謝の集い2周年記念大会)

 『人々に幸福をもたらす者となろう』
 今日は、2000名の方が集まっております。2000という数字は千の倍ですので、集われた方は千倍の幸運を引き寄せて、大きな幸せを神様から与えられる方々だと思います。
 どうしたら幸せになれるのか?
 【三つの生き方】
 第1の生き方は、自分さえ幸せになれればいい!
 夫婦でも、「俺(夫)が幸せになるために妻がいる」、「私(妻)が幸せになるために夫がいる」、と考えている人がいるとすると、心の底を探っていけば、夫のこころに妻はいず、奥さんのこころの中に夫はいないのかもしれません。自分さえ幸せになれればいいというのなら、どんどん自己中心になればいい。それが道理なら、幸せになれます。しかし、その人が頂点に達したと思ったとき、誰かが傷ついています。本人が有頂天になっているだけです。引きずり下ろされます。
 第2の生き方は、人を傷つけない人生。当たり障りのない人生。
こういう人は、二つの限界線(上限下限)を作っています。人を傷つけてまで幸せを求めないという上限と、自分が犠牲になってまで人を幸福にはしないという下限です高度成長時代の日本に、マザーテレサが訪日したとき、インタビューをしてきた記者に、テレサは「愛の反対はなんだと思いますか?」と質問しました。記者は答えられませんでした。テレサは「愛の反対とは無関心です。たしかに日本は生活が豊かで、すばらしいのですが、貧しい国に対して無関心です。ですから日本はとても貧しい国ですね」と言ったそうです。たくさんの人の悲しみに目を背け、無関心に生きたならば、自分が困ったときに誰も助けてくれません。
 安全運転の生き方をしたとき、むなしさを感じます。心の底にむなしさを感じる人は幸福ではありません。当たり障りのない人生の最後は、むなしさだけが残ります。終末医療にかかわった看護師の手記があります。その看護師は千人を看取りました。手記の中で、生前中、おおいに活躍をした人がいました。当初、治る見込みのあったときには、たくさんの人が見舞いにきました。しかし治る見込みがなくなり余命が宣告されると、見舞いは減り、最後は家族さえ来なくなり、たった一人でこの世を去りました。
 もう一人の方は、一か月先には亡くなるというのに、毎日のように多くの人が見舞いにきて、人生の最後で花開くような方でした。 その方は、ひたむきに人の幸せのために生きた人でした。この看護師はインタビューで「その差はなんですか?」と聞かれると、 「人生に貯金を積んだ人ですね」と答えます。だから、利子付で返ってくる。一番肝心なときに返ってくる。
  本当の幸せは、第3の生き方しかありません。それは、「もしあなたが幸せになりたいのなら、悲しい隣人の手をにぎり、その人を幸せにすること」それが、めぐりめぐって自分に幸せが返ってきます。

天暦10月20日(2014年12月11日)

 浅川先生の講話(真の家庭運動文化フェスティバル)

 自叙伝、心の書写の恩恵という題目でお話しさせていただきます。
 日本における書写の歴史は1300年に遡ります。 1300年前、日本において本格的な国家建設をしようとしたとき当時の天皇をはじめとする指導者達は仏教を理念として写経を盛んに行いました。又、60年前太平洋戦争が終わったとき、荒廃した日本を復興するために国民的な規模で写経を行ったのが奈良にある薬師寺です。 薬師寺では100万巻写経という国民運動を展開し、荒廃した薬師寺を復興させました。現在でも薬師寺では写経が盛んです。 現在土曜・日曜に沢山の青年たちがここに来て写経しているそうです。 又、兵庫県の姫路というところに書写山というのがあり、ここに西の比叡山と呼ばれる圓教寺というお寺があり、書写はとても盛んに行われています。ここは風光が明媚な関係上、NHK大河ドラマの黒田官兵衛の出身地なので沢山の観光客が訪れます。 かつてアメリカの男優トム・クルーズさん出演のラストサムライのロケもここで行われました。 深山幽谷を見ながら写経しつつ心を磨く! というスタンスであります。 ここは結構高い山なのでロープウェーで来ることになります。そのロープウェーの始発の駅を書写駅と言います。 ここは現在大河ドラマの影響で多くの観光客が訪れるので、麓の食堂は来られた方々に特別な名物を作りました。 「書写だんご」! 1本300円ということで、このだんごを食べてから写経をすると大変功徳があると言われています。
 さて脳科学が発達致しまして東北大学の川島隆太という脳科学の研究者は、書写をすることが脳の機能を大変高め、高齢者社会における脳の活性化に非常に大きな効果があるという結論を出し、書写ドリルという本を開発し普及させました。 これがいわゆる脳トレブームのきっかけになりました。 書写をしている時に、どの機能が活性化するかを測定すると人間の脳の中の創造力、記憶力を高める、前頭前野を書写は活性させる結論を得ています。
 今は、小学校でも書写は教科になっています。西東京管轄内のある小学校で使われている小学1年生の光村図書出版による教科書があり、これを開いてみますと「足はペッタン、背中はピン」と書いています。 こういう風な感じで勉強する姿勢を整えるということで小学生でも書写は普及されております。
 以上、脳科学的面や或いは小学校の指導者から見ますと書写の効能は
 1 自然治癒力が向上する
 2 脳を活性化させる
 3 心が清浄になり、安らぐ
 4 集中力、忍耐力がつく
 5 生活の姿勢が正させる
 6 自分を振り返り内省できる
 7 字が上手になる
 等々の効果があると実証されています。
 さて、その上で自叙伝 心の書写の意義ですけども 自叙伝とは何か? ということについて、これをお書きになられた文鮮明先生は自叙伝とは人間の歩むべき道を示した本である。 真なる真理の人生を身をもって示した本である。真の愛の記録であると書かれています。つまり文鮮明先生はご自分の生涯を通じて本当の人生とはどういうものか。真の愛とはどういうものかを示され、これを自叙伝に書き記されたのでございます。 この文鮮明先生の持つ真の愛の魂、これが自叙伝の中に1つ1つ含まれています。文鮮明先生は言葉には魂があるとおっしゃっています。自叙伝の1つ1つの言葉には真の愛という魂が込められておりますので、その真の愛を、書く自分自身の心に書き写すことを通して、真の愛の人生、真の人生を歩もうとする、これが心の書写の意義です。
 自叙伝 心の書写の恩恵は
 1、心が成長し愛のある人になる。(したがって奥様が書写をするようになれば、とても深い愛情をもつようになり、ご主人が書写をするようになれば、また深い洞察を持った人になる。)
 2、家族が円満になる。(夫婦が1つになれば大きな運勢を引き寄せて生活が豊かになります。)
 3、生活が豊かになります (さらには町内や職場環境等々の人間関係が良くなる。)
 4、人間関係が良くなる。
 5、お子さんにとっては学業が向上し仕事の実績が向上する。
 こういう証しが北海道から九州に至るまで本当に多く起こっています。
 さて、現在、区域や家庭でもって書写をするという、これが非常に盛んに行われています。 家庭で書写をやりますと集まりました1人1人の心がつながり、とても運勢を引き寄せます。 さまざまなところに文鮮明先生の真の愛が書写を通して地域に浸透しているのではないか。このように思っています。 こよなく世界と日本を愛する平和を愛する世界人の文鮮明先生の自叙伝、心の書写を通して日本全体に拡大することにより日本人1人1人の心がとても美しくなり豊かになり愛情がある日本人が生まれてくると、美しい日本、豊かな日本、愛ある日本が築かれるのではないか。 このように確信しています。

天暦8月18日(2014年10月11日)

 第19回自叙伝書写感謝の集い

 10月11日、杉並教会を中心に他5教会をインターネットで結び「第19回自叙伝書写感謝の集い」が行われました。 今回はオープニングのエンターテイメントはありませんでしたが、最初に「愛の架け橋」を杉並友の会の山浦さんがリードして全員で唱和してはじまりました。
 書写の証は、杉並友の会の今村さんがしてくれました。
 ある日、あきらかに様子がおかしいのに仕事に出かけた夫の帰宅を待ち、息子と病院に連れて行くと、夫は“脳こうそく”と診断されすぐに入院しました。このとき「お父さんが心配するようなことは言ったらダメだよ」という息子の気遣いの言葉に胸がいっぱいになりました。その後、夫は後遺症もなく順調に回復していったことから、書写のおかげで神様に守って頂いたんだ!と感謝しました。
 夫の入院中、病気の回復を願って書写を書いていたのですが、夫にも書写をしてほしくて、勇気を振り絞って勧めてみました。夫の反応は「何これ?」と冷たかったのですが、健康祈願のためだと説明すると、夫は毎日丁寧に書いてくれるようになりました。
 夫は再発が心配で、家に籠もる生活が4〜5か月続いていました。経済的なことを思うと焦る気持ちになるのですが、神様が私に何かを悟らせようとしているのか思い、神様の願いを求めながら書写をするようにしました。経済的には息子のおかげで生活が守られていました。籠もっている夫に対しても、「ありがとうございます。感謝します。」と思いながら接するようにしていると、夫が、以前勤めていた会社に面接を受けると言って出かけ、すぐに週3日の勤務を身体を慣らしながらはじめることになりました。
 最初は一人で始めた書写が、今では夫婦で毎日書写ができるようになり、神様に感謝しました。

 浅川勇男先生の講和 『意志さえあれば できないことはない』
 昨日発表されたノーベル平和賞は、マララさんという17歳の女性が受賞しました。これを見ると、出来ないことはない!ということを実証したのではないかと思います。 受賞したマララさんはパキスタンの女性で、テロリストから頭に銃弾を受け、相当な恐怖を体験しました。そんなマララさんは、平和活動の中で、「暗闇に閉ざされたとき、初めて光の大切さを知った。沈黙を強いられたとき、声の大切さがわかった。自分に銃口がつきつけられたとき、銃に勝てるものはないのか?と考えたときにペンと本だと思った。テロリストが一番怖がっているのは言葉だ。」などと語っています。 驚くべき事にマララさんは、「ケガから奇跡的に回復すると、私の心から“恐れ”が消えた。“絶望”という心が無くなった。いまの私は“強さ”と“力”と“勇気”しかありません。」と言っています。
 私自身、多くの相談を受けるのですが、どうして不幸になるのかというと、奥さんであればご主人への不満が、ご主人であれば奥さんに対する不満。自分は良いんだが、不幸にさせられているという、“被害者意識”というものが共通しているように思います。 もし、人のせいで不幸になるということが真理であれば、我々は絶対に幸せになれません。 多くの方が、不幸に対して責任を取りたくないという思いがあります。 ところが文先生は、「人生には苦難や、試練や、困難や、思い通りにいかないことはいくらでもある。それは同居している家族間にもある。その中で何が不幸の原因なのかというと、試練を越えられない意志の弱さで、これで負けたら不幸になるしかない。思い通りにならない現実があってもなお、乗り越えて幸せになろうとする意志さえあれば、絶対に結果は出る!」と言われます。 文先生は数学的能力、自然に対する探究心など、すさまじいものがあります。自叙伝では、文先生が幼いころ、将来の夢はノーベル賞を何個もとるような科学者になることでした。しかし科学者の道を捨てたのは、あまりにもかわいそうな人が世に充満していることを知り、15歳で天命を受け、涙をふく人になろうと決意しました。そのために宗教者になった。とあります。
  私は、今日も猫に見送られて家を出てきたわけですが、猫はまったく悩んでいません。 人はというと、過去に悩み、今を悩み、未来を不安がっています。 文先生は、万物の霊長である人間がなんで不幸になるのか?この根本原因を突き止めない限り、世界は救われないと思い、研究に没頭しました。マララさんは本とペンと言いましたけども、文先生は朝鮮戦争のまっただ中、鉛筆で人類救済の統一原理を記しました。 文先生は、「重要なことは、私の心の中に意志があるかどうかで、自分の意志が人を幸せにしたいと思っている限り、神の意志だから、ぜったいに成就する。」と言い切っています。
 私どもを絶対に幸せにしようとする文先生の不退転の決意があります。その文先生の愛情から出た言葉を書き写し、あふれるような愛を受け取ることが書写です。 。

天暦8月18日(2014年9月11日)

 第18回自叙伝書写感謝の集い

 夏の暑さも峠を越え、わずかに雨が降る中、9月11日「第18回自叙伝書写感謝の集い」が武蔵野市民文化会館で1000名以上を集めて行われました。 記念すべき大会ということで、会場に来られた方全員に書写用の筆ペンがプレゼントされました。
 最初のエンターテイメントは双子の姉妹、比嘉さん、友永さんのピアノの連弾2曲と、松尾さんの独唱が2曲披露され、充実した内容のオープニングでした。
 書写の証は、今回二人の方がしてくれました。 最初は西武友の会の植村さんが、家族のように近所付き合いをしているタイの婦人の証をしてくれました。 この婦人は、留学生として日本に来られ、日本の男性と結婚し、9歳の長男を頭に3人のお子さんがいます。長男の悩みがあって相談に来られたとき、書写を勧めたところ、お子さんの悩みだけでなく、夫婦関係の悩みも解決し、家族が幸せになっていく証でした。 もう一人は杉並友の会の宮下さんが、いつの間にか周りに10人の方が書写をしてくれるようになったという証をしてくれました。 最初は、霊障で悩んでいた義母さんが書写をやり始めると霊障が止み、義母さんは感激して、娘や生徒さんにも書写を勧めて、とても感謝されたこと。続いて、宮下さんの娘さんや息子さん、実家のお母さんなどにも勧めて書写をしてもらうと、それぞれに、仕事が決まったり、人間関係が良くなったという証が出て、ご主人も一緒に書写をしてくれるようになったこと。それで、何よりも良かったことは、いままでバラバラに感じていた家族関係がいまは一つになってきたことが一番嬉しい!という証でした。
 浅川勇男先生の講話 『あらゆることに精一杯の誠を尽くす』
 書写の講演のために全国各地をまわっているのですが、なぜか長崎はネコがとても多く、とにかく、いたるところにネコがおり、おそらく人の数よりも多くいるようです。そこで、暇だと思われそうですが、「ネコとは何か?」と考えてみました。 ネコは犬と比べるとまったくと言っていいほど役にたちませんが、なぜか人からとても愛されます。ロシアでは、ネコは犬以上に貴重な者として扱われおり、新聞記事に、ネコが寝ていた場所で商売を始めたら儲かったとか、飼いネコのおかげで病気を早期発見できたとか、まるでネコには予知能力があって、幸運を引き寄せる力があると書かれていました。 ところが、このネコよりもはるかに大きな運勢を与えてくれるのが「心の書写」です。 努力しても道が開かれなかったことが、書写をしただけで解決したりするのです。それは、この書写の言葉を書かれた文先生が、とてつもない大きな運勢を持っている方で、心の書写の実践は、まさしく天運の伝授式ということになります。 それでは、文先生という方が、どのような方か?と言うと、文先生は、小学生の頃から、かわいそうな人を見ると泉のように涙があふれてくる方でした。15歳のとき、同学年の中学生が自殺したという新聞記事を読んだとき、あまりにもかわいそうで、三日間泣き続けたそうです。そして、どうしてこんなに多くの不幸があるのか?このような不幸をどうしたら解決できるのか?と悩み、必死になって祈っているとき、霊的にイエス様に出会いました。 このとき、イエス様から「あなたは今日から、人の幸せの為だけに生きなさい」と、使命を授けられ、文先生はそれを決意します。この時から、一昨年、93歳で息を引き取る瞬間まで、そのときの決意を実践し続けました。 おそらくこの方の全生涯のご苦労は、すべての人の幸せのためであり、霊魂となったいまも尚、時間と空間を超越した立場で、ただ愛だけで生きておられます。 だから、文先生からにじみ出た言葉を書き写すだけで、すべての人を幸せにしたいという、あふれるような愛が堰を切ったように流れ込んできます。 文先生は、人が幸せになるために、とても大切な事を教えてくれています。 人間という生き物が、どうしたら幸せになれるのか?ネコのように気ままに生きても幸せにはなれません。 人は、あらゆることに精一杯の誠を尽くさない限り、幸福になれません。不幸というのは、精一杯の誠を尽くさなかった事が原因ではないか?ということです。夫婦関係でさえ誠を尽くさなければうまくいきません。わかりやすく言うと、「手抜きをしない!」と言うことです。 人は霊的存在なので、相手が私を愛することに手を抜いたら、それを感じてしまうわけです。そうしたら両者の関係は崩れてしまうわけです。 文先生は、感謝されなくても、無視されても、裏切られても尽くすことが精誠だと言います。文先生は、「精誠は絶対に裏切らない!」という信念があり、「精誠を尽くして蒔いた種は必ず幸せの花を咲かせる!」と言われます。 心の書写は、文字を書くという、ただそれだけのことですが、十数年来苦労したことが、霧のように晴れるということは、文先生の精誠が書く方に投入されるのではないか!と噛みしめるように語られました。

天暦7月12日(2014年8月7日)

 第17回自叙伝書写感謝の集い

 毎月11日に行っている「自叙伝書写感謝の集い」でしたが、今回は文鮮明先生の聖和2周年の行事と重なったため、8月7日(木)にセシオン杉並で第17回目の感謝の集いがおこなわれました。
 さすがに8月とあって、照りつける太陽の下、参加者は汗だくになりながら会場に集まってきました。
 今回のオープニングは、2人組のフルート奏者「ピュアフルーツ」により、ディズニー映画「アラジン」から『ホール・ニュー・ワールド』と「アナと雪の女王」から『レットイットゴー』の2曲が演奏を披露してくれました。透き通るような清らかなフルートの音色のおかげで、暑さを忘れ、さわやかな空気につつまれるようなひとときでした。
 書写の証では、調布友の会の尾形さんが、同会のSさんの証を代読してくれました。
 Sさん(以降、私)の家庭は何百年も続く農家で、5年前から夫の父と同居し、三世代の6人暮らしをしています。昨年4月より夫と共に書写を始め、1年4か月になりますが、夫はもともと書道が好きで、姿勢をただし、お気に入りの筆で書をしたためた後、満足そうにうなづいて、家族全員の出来具合をチェックしてから瞑想に入ります。
 夫は本当にまじめで実直な人なので、毎朝きちっと書写を行います。しかし、朝の弱い私は眠くて文字が泳いでしまい、夫から「ダメだな〜」と正されることもありました。毎月行われる自叙伝書写感謝の集いで、すばらしい証を聞いてはいましたが、私は何か義務的になっていて、何かを悟るとか良さを実感できずにいました。そんな悩みを会の方に相談したところ、「書写の良さを実感できるように、まずは一週間、心を込めて、やってみたらどうか?」と言われ、変化が実感できるように、具体的な願い事をすることにしました。
 そのため、何をお祈りしようかと思いを巡らし、思いついた願い事が、「すばらしい夫ですが、家長としてもっと立派になってほしい!とか、この家に入ってから、ご近所の人たちと挨拶はしますが、それ以上のお付き合いができなかった夫に、近所の人たちと親しくなってほしい!とか、夫が・・・、夫が・・・」と、夫への要求ばかりでした。次の瞬間、「変わらなければいけないのは夫ではなく、夫ばかりに要求してしまう私自身ではないのか?」ということに気が付きました。
 それから一週間、「夫にばかり要求する妻ではなく、もっと夫に喜んでもらえる自分となれますように!」と、心を込めて書写を行いました。 すると、我が家には畑があるのですが、IT関係の仕事をしている夫は仕事の合間に畑で作物も作ってくれるのですが、近所の人たちと立ち話していた夫が、「野菜いりますか?」と声をかけている姿を見て、私はびっくりしました。気が付くと、夫の作る野菜は近所で評判になっていました。
 私自身が変わることで、主人が変わり、周りに喜びを繁殖することができたような気がします。浅川先生が“幸運を引き寄せる心の書写”という話をよくされますが、まさにそのごとくになりました。 これから、近所の人たちにも家庭書写会に来ていただけるように頑張っていきたいと思います。
 Sさんが、心を込めて行った書写により、書写の恵みを実感した証でした。

 今回の浅川先生は、今月のみ言、「幸福は常に私たちを待っている」から、“真実の愛”についてのお話しをされました。
 文鮮明先生が、「幸福は、いつもみなさんを待っておられる!」と、非常に強い確信をもって断言されています。古来、文先生が語った言葉には、「だろう」とか、「かもしれない」は、どの文章を見ても見いだせません。文先生は、語る言葉に責任をもっておられ、聞いた人が実践して結果が出ないようなことは語らない!という性分のようです。 しかし、この言葉を信じられない方も数多くいると思います。それでも文先生は、「あなたが幸福に出会えないのは理由があり、いつも待ちつづけている幸福があなたを避けたのではなく、あなたが避けたんだ。あなたが通り過ぎたんだ。あなたが道を間違えちゃったんだ。」と言われます。 では、どうして道を誤ったのか? 待っている幸福に出会う出会い方はただ一つ。それは、“真実の愛”で愛することです。
 皆さんは、真実の愛で、ご主人を愛していますか? 真実の愛で、子供を愛していますか? 真実の愛で、嫁を愛していますか? もし、そうでないのなら、あなたを待っている幸福には、絶対に出会えないんです。 では、真実の愛とは何でしょうか?
 最近、ヒットした映画「アナと雪の女王」では、妹が姉のために命をかける。 「永遠のゼロ」では、戦争で命を失い霊となっても妻との約束を守る。 これらのストーリーを話しながら、真実の愛とは、妻であれば、夫を幸せにするために生きることであり、夫であれば、妻を幸せにすることだけが生きる理由であり、親であれば子のため、子であれば親のために生きることであると話されました。 浅川先生は、まるで物語(映画)の語り部のようで、参加者は涙を浮かべながら講話を聞き入っていました。