天暦9月20日(2011年10月16日)
『秋の野外礼拝』
この日は夜明け前まで大雨でしたが、朝になると見事に晴れて絶好の行楽日和となりました。壮年部が中心となってバーベキューの準備が行われ、中和文化祭で準優勝した2世の出し物が披露されたり、この週にお嫁に行く姉妹たちの挨拶があったりと盛りだくさんの内容でした。最後は恒例となった家族でのゴミ拾いを行って解散となりました。

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天暦12月1日(2011年12月25日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
七、真の父母を中心とした生活
三)真の父母の言語を習え
何よりも言語がいちばん問題なのです。ここのドクター・ダーストがですね、今韓国人たちが来ていれば、じっと座ってばかりいるので、それは実にあきれるのです。かわいそうに見えます。ですから、言語が一つになれば、どれほど良いかというのです。そうなればどれほど良いですか? 先生もアメリカに初めて来てですね、本を通じて勉強しましたが、何、イエス、ノーしか知りませんでした。(笑い)ですから、どれほどもどかしかったでしょう? 言語統一がどれほど必要か分かるでしょう。
皆さん、先生の言葉を通訳を通して聞きたいですか、先生から直接聞きたいですか?(笑い) どちらを願いますか?(韓国語で)。どうして? 韓国語が原語であるからです。それゆえ、原理を勉強するのにおいて、原語を知らなければその言葉の意味が分からなくなります。英語でですね、ジョーク(joke)とユーモア(humor)というその言葉が通訳で通じますか? 通じないのです。二〇パーセントも通じないのです。(笑われる)
そして、これから皆さんが霊界に行って、「ああ、私は先生の言葉をそのまま聞いて話して生きた!」というのが誇りでしょうか、「ああ、通訳を通して私は話しを聞いた!」というのが誇りでしょうか?(一番目です)。しかも、愛の理想世界を言う言葉です。愛という言葉を通訳を置いてささやけばそれが通じますか?(笑い) それがいいですか?(いいえ)
我々が前に覚えた誓いの文を見るとですね、五番目に「一つの文化を誇る」となっていますが、一つの文化がどのようになるのかというのが問題です。心情世界では、一つにならざるをえないという事実を知るべきなのです。本当に一つの心情世界を願う人ならば、これを知らなくてはいけません。
「さあ、私がおまえたちをこのように愛する」と言って、このよう行ってタッチするときは、愛をどのように考えるだろうかという、そのような考えより、すでに足が出ていくのです。足が先であって、愛するという考えが先ではないのです。何のことか分かりますか? それがどれほど愚かですか。食べ物で言えば、食べ残したカスを食べて喜ぶということです。分かりますか?(はい)。それで、通訳を必要とする他の国の言葉を話すのがアイディアル・ファミリー(ideal
family;理想家庭)ですか?(いいえ)。これを考えてみなさい。さあ、もう分かったのです。理想家庭の伝統と精神がなくては、理想世界が顕現することができません。
天暦11月24日(2011年12月18日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
七、真の父母を中心とした生活
二)真の父母という言葉を完全に知るべし
我々統一教会には、貴く使う言葉があります。初めて聞く人もいるでしょうが、それは真の父母という言葉です。真の父母という言葉を言うでしょう? 何、「我々の真の御父母様!」と言います。イエス様の前に真の父母がいましたか? イエス様が持てなかったものを持ったのです。
イエス様に真の父母がいましたか? 子供を保護してやらないのが父母の責任ですか? 違います。父母なら子供を保護してやらなければならないのです。サタンから垣根になって「おまえは私の懐の中で幸福であるべし」そう言わなければならないのです。イエス様がそうでしたか? 三〇の生涯をかわいそうな連れ子として育ったのです。それを知るべきなのです。
ですから、聖書に何か真の御父母様という言葉が出てきますか? 出てこないでしょう? 真の父母、真の兄弟という言葉が出てきますか? 出てこないでしょう? この言葉は全部統一教会の術語なのです。それは、文先生が作り出した言葉ではありません。本来の天理原則にあったのを探し出した言葉です。
我々は真の父母という言葉を言い、真の子女という言葉を言います。真の子女はどのようにしなければならないかということを知るべきです。息子に対して自分の生命を捧げることができ、自分のすべてをその前に捧げることができ、自分は地獄に行っても感謝することができなければならないのです。そのような過程を経なくてはいけないのです。そうして、真なる子女の因縁を通じて、父に帰ることができる道が分かりました。
統一教会では、真の父母という言葉を言っています。真の父母に侍っていこうと、神様に侍っていこうと言うのです。その次には、真なる兄弟になろうと言うのです。何を中心として? それは、イエスを中心として言った言葉です。お分かりですか? イエスの父母がイエスに侍れなかったのを蕩減復帰して、侍ることができる父母、それ以上の父母の位置に立つことができなければならないのです。
私が神様に対して父母と言うのと、皆さんが先生に対して父母と言うのと、どちらが易しいかというのです。答えてみなさい。先生がどれほど苦労したか知らないでしょう。どれほど、障害が多く、どれほど複雑だったか知らないでしょう。今まで数多くの人たちが、その道をもがいて全部どん底に落ちたのです。皆さんは、統一教会に入ってきて、先生を理論的に見るとき、「ああ、この方は真の父母だな!」という言葉をたやすく言うことができたでしょう。
天暦11月3日(2011年11月27日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
六、真の父母と我々
五)我々のすべきこと
・ 我々の責任
復帰の道を行く皆さんは、個々人ですが、皆さん個人だけが行く道でないということを知るべきです。いつも復帰の道を行く皆さんは、真の父母に代わって行く自分であるということを肝に銘じなければなりません。そうでなくては、氏族的、民族的、あるいは国家的な真の父母の勝利の基盤を備えることができないのです。
皆さんが正しく真の父母に代わって行くためには、真の父母は世界的な霊的勝利の基準を立てるために行くならば、皆さんは国家的勝利の基準を立てるために行かなければならないということをはっきり知るべきです。霊的には真の父母の勝利の基準が立てられたので、地上に真の父母の勝利の基準を立てるべきですが、皆さんが民族的な基準を越えるべき真の父母の責任を代行しているのです。
これを他の面で説明すれば、皆さんが民族的な基準を越えて、世界的な基準に向かって行くなら、来られる真の父母は霊的に天宙的な勝利の基準を立てなければならないのです。真の父母の因縁を持って来られる主は、我々が背負っていくべき十字架を霊的に開拓し、実体的に勝利され、すべてに責任を持っていかなければいけないのです。これが父母復帰の難しさであることを、皆さんは知るべきです。
では、今日、天と地と人間を振り返るようになるとき、天がある一時、勝利の真の父母に侍ったか? まだ侍られませんでした。地が侍ったか? まだ侍れませんでした。人間が侍ったか? まだ侍れませんでした。その途上にいるのです。
では、真の父母だけ侍ればいいのか? そうではありません。真の父母に侍った次には、真なる家庭、氏族、民族、国家、世界を復帰しなければなりません。これのために準備したのがイスラエル民族でした。
真の父母の前に真の子女として立つためには、子女の個人的な復帰路程があるのであり、子女の家庭的な復帰路程があるのであり、子女の氏族的な復帰路程があるのであり、子女の民族的な復帰路程があるのであり、子女の国家的な復帰路程があるのです。父母の個人、家庭、氏族、民族、国家的な復帰路程と、子女の個人、家庭、氏族、民族、国家的な復帰路程を完結し、父母と子女が一体となり、勝利したという基準を立てておいてこそ、初めて民族復帰を終結して、世界的な舞台に向かって新しく出発することができるのです。
天暦10月25日(2011年11月20日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
六、真の父母と我々
四)恩寵と自覚
・ 「真の父母」という言葉は初めて現れた言葉
皆さんは、復帰摂理を習って、神様のみ旨がなされるためには、父母がいなければならないということ、堕落した父母ではなく、「真の父母」が来なければならないということを知っているでしょう。
この「真の父母」という言葉は、皆さんが考えもしなかった立場で見いだされ、会うことのできる、そのような言葉、そのような内容ではないことを、皆さんは知るべきです。これは、歴史上に初めて現れた言葉であり、初めてそのようだということを我々が感じているこの事実は、革命が問題ではないのです。これは、歴史にない奇跡的な大事件であることを、皆さんは知らなければなりません。
皆さんが「真の父母」というこの言葉を習い、「真」という言葉を言うようになったのは、今まで生まれては死んだ数多くの父母たちの愛を凌駕しうる、たった一度しか存在できない愛を持って現れたために、可能なのです。そのような基準を持ったために、「真の父母」という言葉を言うことができるのです。このときの愛の関係は、神様の愛があるなら、その神様の愛を人間が初めて最初に受ける最高の基準であり、イエス様がこの地に生まれては亡くなりましたが、そのイエス様も想像できない、そのような最高に理想的な立場ではないでしょうか?
このような立場まで来るときは、歴史過程でその代価を払ってきたのです。「真の父母」の基準が出てくれば、自分が根本的に敗北することが分かるサタンは、これを成せないようにし、この時がこないようにするために、偽りの父母の立場で、億万の手段を選ばず、数多くの人を犠牲にし、数多くの血の代価を払うようにしたのです。この日が来るまで、むごたらしい犠牲が払われたということを、我々は考えなければなりません。
そのような思想を持って、そのような道を行こうとするすべての信仰者たちに対して、個人的に犠牲にさせ、家庭的に犠牲にさせ、あるいは、民族的に、国家的に、世界的に犠牲にさせてきたサタンの歴史がありました。そこに犠牲になった我々の先祖たち、善を追求して真の道、父母の道を探してきた善なる我々兄弟たちが、どれほどむごたらしい血の代価を払ったかということを、我々は知るべきなのです。
天暦10月18日(2011年11月13日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
六、真の父母と我々
三)真の父母の苦労と我々
・ 真の父母は我々に絶対必要
真の父母が必要なのは、蕩減条件を立てるため、そして、愛で一つになった基準で、伝授されるためです。
アメリカが私の怨讐ですが、私が監獄に入って、アメリカを生かすために「ワシントン・タイムズ」など、六つの団体を作りました。
この世なら、みな復讐をするはずなのに、私はそうではありません。愛さなければいけないのです。何のことか分かりますか? そうでなくてはいけないのです。
・ 我々は真の父母に接ぎ木された枝
本来人間は、横的な父母として、神様を縦的な父母として、縦横の父母の愛を中心として喜びの出発を見なければならなかったのが、起源地でした。それがサタンによって侵犯されたために、これを再び奪って付けて、真の父母の息子娘にならなければなりません。そうするためには、野生のオリーブになったために、真のオリーブの枝をもらって、接ぎ木しなければなりません。
それゆえ、宗教は接ぎ木することをするのです。これがキリスト教思想というものです。それで、新郎新婦の婚姻の宴が、この地上に現れなければいけないという言葉が出てくるのです。
人類の希望が何かというと、真の父母に会うことです。そうでしょう? 歴史的結実が何かというと、真の父母に会うことであり、時代の中心が何かというと、真の父母に会うことであり、未来の出発の基地が何かというと、真の父母に会うことです。そこに接ぎ木された皆さんは、枝になるのです。そうではないですか?
今まで、歴史時代の願いは、全部未来にありました。しかし、今日皆さんの一生を中心とした真の父母との因縁は、永遠に一時しかないのです。一度しかない貴いものです。分かりますか? 皆さんの先祖たちも持てず、皆さんの後孫たちも持てないのです。
天暦10月11日(2011年11月6日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
六、真の父母と我々
二)真の父母の在世時の価値
この世に、真の父母が二組いることができますか? 今日北韓では、金日成を「お父さん」とし、統一教会では文先生を「お父様」と言っています。ですが、統一教会で言うお父様と、北韓で金日成をお父さんと言うのは、質的に違います。二人が対立したのです。貴いものが出てきたために、大韓民国が貴いのです。この二人が、互いに自分が父母だと言うのです。そして、神様もその父母は自分のものだとし、サタンもその父母を自分のものだと言いながら、互いに争うのです。
これを公的に、誰が公判しなければならないか? 人間がしてあげるのです。人間が「我々の父母は、このような方でなければならない」と父母を選定しなければならないのです。「堕落した父母はこのようにして悪い父母であり、善の父母はこのようにして善の父母です。善の父母を探してきたのは神様であるために、神様が善の父母の父です。」このように立ち上がって決定づけなければならないのです。そうしなければならないのではありませんか? それゆえ、すべてはどこに帰結するか? 真の父母に会うところです。
それで、父母が二組存在することができますか? 一度死んだ父母が、千年後にも再びパッと現れますか? 人類の父母が一度現れるのが、歴史の願いであり、国家の願いであり、思想の願いであり、摂理の願いであるために、その父母が現れる時は、後にも先にもない時であり、歴史上に一度しかない、何と言うか、てっぺんなのです。狭いといえば、どれほど狭いですか? 永遠の世界について見れば、人間の一生というものは、一息つくのと同じです。そうでしょう?
皆さんが、運があってそうなのか、福があってそうなのかは分かりませんが、このようにしてこの時代に生を持ってこの一時に会い、統一教会に入ってきました。統一教会にどのように入ってきましたか? 皆さんをこの場に入るようにするまでには、数多くの先祖たちが精誠を捧げに捧げました。数多くの人たちが滅び、善が踏まれる場で死んでいきましたが、その千人、万人の因縁を経て、回りに回ってその因縁が天につながって、日が昇る高い山のような立場に立ったために、そこで日の光を眺めて集まった人たちが皆さんなのです。
このときは、人類歴史において、愛という因縁が出てくるなら、それは初めて出てくる時なのです。それゆえ、生命の価値を賦与することができる時があるなら、その時から始まるのです。国と世界の主権をより価値のある内容で肯定させることができる時も、この時しかないのです。この時は、歴史の起源であり、希望の焦点であり、万福の出発であり、永遠の生命の発源地なのです。そうすることができる時です。天暦10月4日(2011年10月30日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
六、真の父母と我々
一)統一教会の教えの核心
・ 父母哲学
今日は父母の日です。皆さんが孝行者になるには、父母がどんな方かということを知らなければなりません。皆さんは、果たして父母がどんな方かということを知っていますか? 教えられて知っているのか、本当に知っているのか、考えてみたことがありますか?
皆さんは、統一教会に来て、孝子、孝女の道を行っています。しかし、皆さんは、大小便をする幼子です。お母さんのおっぱいをくわえて吸っている幼子です。そうしながら、父母の愛を受けて育ってきました。
この世に最高の哲学があるなら、父母哲学でしょう。父母哲学が最高だということです。もう皆さんは幼子ではありません。皆さんは、全部習わなければなりません。それが父母が願うことです。
皆さんは、お母さんのお腹を通じて生まれましたが、養子・養女です。ですから、その父母の前に忠誠を尽くすべきです。そうして、皆さんが父母になれば、四位基台が成されるようになります。しかしながら、皆さんだけでは、絶対に、天の子女を持つことができないようになっています。天の子女を持つためには、明らかに天の父母がまず出てこなければなりません
ところで、このような父母が出てくるためには、長男がまず出てこなければならないのです。なぜなら、長男であったカインが天道に背いたので、神様の前に背いたカインの路程を逆さまに踏んで、神様に代わりうる位置まで上がらなければならないためです。
そうして、四位基台を成さなければなりません。そうする前まで、みなさんは全部赤ん坊です。赤ん坊です。ですから、世の中で、いくら優れていて、何がどうだという人だとしても、赤ん坊のような心情を持たなければなりません。そうして、お母さんのお腹の中と、お父さんのお腹の中を通じて、再び出てこなければなりません。
宗教の違いはあるといえども、どうせ良い道に従うようになっています。転がっていくようになっています。教派を主張した宗教は、退くようになっているのです。これが約三年にさえなれば、そのような時代に越えていくと見るのです。間接主管の心情圏でつながれなかったのを、完成期蘇生級から始まって、完成期完成級、完成期完成級まで七年路程に該当する期間を残したここで、父母様を中心として、今まで世界的な蕩減をしたために、今は、本来の線上で、間接主管圏内に落ちて堕落したものを、再び引き上げて直接主管圏の平行線上に接することができる段階に入ってきたのです。これは、真の父母を中心とせずには、だめなのです。分かりますか?
今、皆さんに必要な思想は、真の父母の思想以外にはありません。それ以外にはないのです。誰々の、いかなるよこしまな思想もありえないのです。金日成の思想を受け入れることができません。誰の思想も受け入れることができません。ただ、真の父母の思想だけです。一つです、一つ。
天暦9月27日(2011年10月23日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
五、天国と真の父母
六)真の父母と国
我々がこれまで、なぜ犠牲になったか? それは、氏族の父母になるためです。それはどれほど素晴らしいでしょう! このようになって、全部これがなくなって、「統一したら何をする? 私は統一したら風呂敷を包んで行けばいい」と言うでしょうか、それはなくなるのではありません。統一させるそこに、自分が父母の位置に立つのです。
父母の位置に立てば、どれほど神聖で偉大ですか? 父母はこのように行くのである! ピッタリ合うのです。父母はこのように行くのが正常です。父母は愛を持って、いつも犠牲奉仕するではないですか? それを思えば、真なる父母になるために生きるというとき、気分がいいでしょう? それは、アメリカもそうなのです。レバレンド・ムーンが、今までアメリカに対してそのように出てきました。愛を持って、アメリカの人たちを一つにするようになるときは、父母の志を持ってしたという事実を知るようになるでしょう。そのようになるとき、ここから別れることができない、一つの世界と、一つの国が決定されるのです。
ここから父母がこの位置に入ってきてもオーケー、この位置に入ってきてもオーケーです。そうですか、違いますか? この位置に入ってきてもオーケーです。それは、全部神様を中心としてつながった父母の位置として、縦的な心情圏がつながるのです。それを知るべきです。このセンターを通じなくては、つながらないという事実を知るべきなのです。
また、その次には、垂直は垂直ですが、このような垂直になっています。これが夫婦であり、その次には家庭の父母であり、その次には氏族の父母であり、民族の父母です。もっと大きくなります。この言葉は何かというと、いちばん最初、この真の父母の伝統を受け継いだこのセンターを中心として見るとき、父母は父母ですが、一つは家庭の父母であり、氏族の父母であり、民族の父母であり、国家の父母であり、世界の父母です。後は、父母権を中心として国がセンターとなり、父母権の国を中心とした世界を作るのです。
天暦9月20日(2011年10月16日)
この日は夜明け前まで大雨でしたが、朝になると見事に晴れて絶好の行楽日和となりました。壮年部が中心となってバーベキューの準備が行われ、中和文化祭で準優勝した2世の出し物が披露されたり、この週にお嫁に行く姉妹たちの挨拶があったりと盛りだくさんの内容でした。最後は恒例となった家族でのゴミ拾いを行って解散となりました。



天暦9月13日(2011年10月9日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
五、天国と真の父母
四)天国と真の愛
真の父母を中心とした所から、理想的な歴史の出発、新しい文化の出発、新しい愛の出発が起こるのであり、新しい人生の出発、新しい家庭の出発、新しい国家の出発、新しい世界の出発が起こるのであり、天国と神様の愛の出発が起こるのです。
この真の父母という言葉が、ただ言葉で言える、ただ今まで知っていたそのような内容の言葉ではないことを、皆さんは知るべきです。このような後世と関係を結ぶため、国も滅び、個人も滅び、家庭も…。それゆえ、この位置は、数多くの、数億数千万の犠牲の祭物の血が訴えている位置であるということを、皆さんは知るべきなのです。
聖書には、アベルが血を流すことによって、カインに殺されて血を流すことによって、天に讒訴したと出ています。そのような歴史を全部解怨成就することができる立場は、この立場しかないのです。
そのような使命を受け継いで、そのような驚くべき蕩減の使命の道を、真っ直ぐに置くために集まった群がどのような群かというと、まさに皆さんです。それを本当に知るようになるなら、自分の生命がどうだ、自分がどうだという不平は、 夢にも、千回死んでも言えないのです。
本来、神様の創造理想が何かというと、真の父母の名前を通じて天国の王国と、地上の王国を成すことです。これを知るべきです。真の父母の名前を持たずには、地上天国と天上天国が生まれません。今日、キリスト教徒たちに「イエスが神様の愛する長子であり、息子なのにもかかわらず、なぜ天国に行けず、楽園に行っているのか?」と聞いてみると、答えられないのです。
天上天国と地上天国は、真の父母の完成と愛の基盤を通じてのみ成されるということです。霊界に行って王国を統一するのが、真の父母の使命であって、他の人の使命ではありません。イエスが真の父母になれなかったので、楽園に行っているのです。
堕落した世界には、まだ真の父母の愛を受けた物もなく、受けた人もなく、現れた痕跡もないのです。ですから、霊界にそのような基盤が生まれても、必要がないのです。縦的であり横的な原理基準、公式がしっかりとできているのです。公式ができているということを知るべきなのです。勝手にしたらいけないのです。
天暦9月6日(2011年10月2日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
五、天国と真の父母
三)天国は真の父母を通じてこそ可能
皆さん自らは、天国を成せません。それは父母様が臨まなければなりません。聖霊とともに一つになって、イエスの愛とともに和合することができなければなりません。
それでこそ、天の側のオリーブの木に接ぎ木することができる可能性があります。そうだとしても、接ぎ木はできません、霊的ですから。再臨時代に真の父母が来て、接ぎ木してあげるのです。
天国建設は、それが基本です。公式と同じです。既婚女性を中心として見るとき、カイン・アベルと同じです。神様と息子の関係は、絶対的です。それを誰も分ける人がいません。父子の関係を誰が分けることができますか? 夫婦が愛で一つになれば、その愛を誰も分けられません。誰も分けられません。神様も分けられません。永遠なものです。
皆さん、夫婦が二人一つになって、夫婦としてアダム・エバと同様に、兄妹の立場で真の父母に侍ることができる夫婦になるかというのです。神様の愛と父母の愛が、我々家庭に臨むことができるか、その愛の圏内で息子娘を生まれさせるための愛をなしているかということが、深刻な問題です。そうせずしては、家族天国が開門しないということを知るべきです。
我々が天国に入るためには、真の父母を経なければなりません。真の父母を経ずしては、天国に入ることができないのです。そのようになるのです。そうでしょう? それで、真の父母が出てきました。真の父母が出てきたら、真の父母を中心とした真なる家庭が生じるのです。サタン世界でも、この真の家庭まで上がるために、ここから出発するのです。闘って、これを全部否定しなければなりません。
皆さんは、国がありますか? 国のある人たちですか、国のない人たちですか?(ない人たちです)。大韓民国の国があるではないですか? しかし、我々が行く国は違う国です。神の国というものです。
その国を経ずしては、皆さんがその国の公認された市民権を新しく受けずしては、天国に入ることはできないのです。公認された市民権を持った人には、サタンが東西南北を通じても、過去・現在・未来を通じても、讒訴しようとしても讒訴できないのです。そのような市民権を持たずしては、天国に入ることができるの?(できません)。
天暦8月28日(2011年9月25日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
五、天国と真の父母
二)地で真の父母に侍るべき理由
霊界が何かというと、我々の先祖たちがアダムを中心としてコントロールする国です。また、地上天国は、その後孫を中心として、世界がコントロールされる国です。このようになるのです。何の話か分かりますか?(はい)。それを知るべきなのです。
皆さんが死んで、行くようになれば、間違いなく先祖圏内を訪ねていきますが、その先祖たちが何千万名になるでしょう? その先祖たちを皆経ていくのです。そうして、過ったら彼らに審判を受けるだろうというのです。審判をパスする原則が何か? これが問題です。
先祖たちが家庭に行ってパスしようとするには、どのようにしなければならないか? この原則に従わなければなりません。あの国でも、数多くの先祖、数多くの家庭、数多くの民族がつながっており、世界が皆つながっているのです。このような観点で評価するとき、自分が引っかからないでパスするのは、このような概念です。それが何の話か分かるでしょう?(はい)。
それは、簡単な言葉で言えば、真の父母の理想伝統です。真なる家庭は、真なる父母の家庭です。そして、真なる父母は、家庭の大統領です。では、国の大統領が何か? その国の真なる父母の位置に立っているのだということです。そうならば、アメリカならアメリカが真なる父母の国になるのです。例えば、アメリカのニクソンが今大統領ならですね、このアメリカの国の真なる父母の位置に立っているのだというのです。そのような心情です。
それゆえ、国民はその大統領に母、父のように仕え、もっと一つになるべきなのです。自分の家庭を越えて、自分の妻を越えて、自分の父母を越えて、国と一つになるというのが原則であるのです。家庭よりもっと大きなものが理想だというのです。自分の家庭の真の父母よりも、国の真の父母にもっと為になる立場に立つのが理想的だというのです。これを知るべきなのです。何の話か分かりますか?(はい)。
我々がなぜそのように暮らさなければならないか? そのように暮らさなければ、霊界に行って、行く道がふさがってしまいます。そこで歓迎しないというのです。いくらドクター・ダーストとか何とか言っても、ドクターという名が付いたとしても通じないのです。分かりますか、何の話か?(はい)。そのようになるというのです。
だから、真なる父母を中心とした、家庭的真の父母圏を凌駕する国家父母の為にもっとしなければならないのが、本来天国の理想世界の原則だということを知るべきです。分かりますか、何の話か?(はい)。その次には、国家父母圏は世界父母圏の支配を受けなければならないということです。国家父母がもっと世界父母の為にならなければならないのです。
統一教会は、何をする所か? 世界的真の父母圏のために動いていく、人間の世の中の最高の道を準備するために、家庭的真の父母、国家的真の父母までも犠牲にする道を行こうということです。これが統一教会運動です。世界の真の父母圏のための家庭理想を実現させるために、すべてを克服していくのが統一教会運動だというのです。それをするために、我々は家庭父母、国家父母をすべて犠牲にしなければなりません。
天暦8月21日(2011年9月18日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
五、天国と真の父母
一)「天」の字と「父母」の字のもう一つの意味
天というのは、二人です。仁というのも二人です。二人ですが、二人はどんな二人が天か? 完全な愛を中心として、天地が縦的に一つになり、横的に完全に一つになりうる人間…。その二人ではないですか? 天地調和を成しうる根本は、愛から始まったのです。
天地間において、天が先か、地が先か? 地天か、天地か? 父母も、父母か、母父か? 夫婦も「夫」の字と「婦」の字が逆さまになった婦夫か、正しくなった夫婦か?(正しくなった夫婦です)。地天を願う人はいません。全部天地を願います。
それゆえ、何が先になるべきか? 天が先になるべきです。その次には、何になるべきか? 地が先になるべきです。そして、父母がいますが、父母は、なぜ母が先にならず、父が先か? そうだといって女を無視するのではないのです。
聞いてみなさい。女も良くなるのです。(笑い)
父母は「父」の字が先になければなりません。「母」の字をじっと見れば、これは面白いのです。じっと見ると、このようにして、このようにして、このようにして、こうなります。(板書される)これは何かというと「女」の字を二つ持って逆さまに固めておいたものです。分かりますか? そうでしょう? それは本当に面白いのです。それが「母」の字です。
女という字は、本当に面白いです。これも女、これも女ですが、これを逆さまにこのようにしておいたのです。女を二人くっつけておいたのです。そうでしょう? 逆さまに持ってきて合わせたのです。そうではないですか? それが母です。
それゆえ、天の心を持った母にならなければならず、地の心を持った母にならなければなりません。言い換えれば、天の心を持った女になり、地の女を代表した心を持った女になって、その二つの心を合わせておいてこそ母になるのです。面白いでしょう?
また、「父」の字を見て「エビ(アボジの俗語)」と言うようになると、気分が悪いのです。先生が話すようになると「アバジ」という言葉をよく使いますが、その言葉は平安道のなまりです。
父の字を見ると、このようにしっかりとしておいたのです。(板書される)
これが何か? しっかりと離しておくと「人」の字が二つです。それがしっかりと合わさっているのです。そうでしょう? それは、一カ所に持ってきて結んでおいたのです。
それが何か? 男は男ですが、人は人ですが、一人ではなく二人を持ってきて結んでおかなければならないのです。それでこそ父になるというのです。それは何かというと、天の人と地の人が結ばれて、一つの行動をすることができてこそ、父になるということです。これを考えれば、面白いでしょう?(はい)。
天暦8月14日(2011年9月11日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
四、真の父母の使命
五)真の父母の愛
皆さんが本当の「私」を見出したというときは、神様が自分の心にいて、自分は解放圏にいるのです。本然の神様の愛と、本然の真の父母の愛を中心として、本然の血統の歴史をつないで生まれたのが、本然の自分です。その自分を見出せば、皆入るのです。そこに真の父母がいますか、いませんか? そこには、真の父母の愛があります。
神様の愛から自分が始まったために、自分を見出したときは、自分の中にはすでに二つの愛の本然相が植えられているのです。それが根になっているのです。自分を神様から離してしまうことができず、真の父母から離してしまうことができないのです。その肢体ですが、その肢体となった自体を否定できないのです。何の話か分かりますか?
皆さん、細胞のようなものをごらんなさい。細胞は、葉の細胞を切り取っても、根の細胞を切り取っても同じなのです。 この頃は、細胞を繁殖して、植物も繁殖するではないですか? 同様です。葉にも根があり、皆あるということです。
ですから、自分が偉大なのです。神様の愛と、真の父母の愛を、皆持っているのです。神様の愛と真の父母の愛は、宇宙のすべての主管性の核です。主体性の永遠な標準です。愛を中心として、全部主管しようとするのです。
ですから、自分自身がすべての代表になるのです。神様を代表することができ、父母を代表することができ、兄弟がいればお兄さんを代表することができ、弟を代表することができ、お姉さんを代表することができ、妹を代表することができるのです。そのような代表者になりうるのです。そのようになるとき、一族が歓迎するようになっているのであって、ケンカしません。反発が起きないのです。吸収されるようになっているのです。言葉は簡単でしょう。これは、原理の核です。そうでしょう?(はい)。
自分を完成しなければならないのです。道を修めるのも自分が完成するためのものではないですか? 自分の完成の位置に行くには、結局、神様を探し、真の父母を探して、接ぎ木することです。すっかり大きくなって、再び産むことはできないので、しかたなく接ぎ木しなければならないのです。それだからメシアが来るのです。
メシアが持ってくるものが何ですか? 本然の愛、真の父母の愛を、完成した男が持ってくるのです。本然の理想的な身代わりが来るのです。「私」という言葉を言う度に、これを考えてごらんなさい。ですから、解放されるでしょう? そういうものです。サタンから解放、生活圏から解放、血統圏から解放されれば皆終わるのです。
天暦8月7日(2011年9月4日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
四、真の父母の使命
四)真の父母の権限と使命
真の父母が、この地上の人間たちの前に何をしようと訪ねてきたのですか? 人間がいちばん好きなものを作ってあげるために来たのです。それが何かというと、皆さんを真の父母、小さい真の父母にすることです。
真の御父母様がすべきことは何か? 地上世界と天上世界とのふさがった道を皆開いて、ハイウェイを造っておかなければならないのです。それを知るべきです。地獄から、霊界の地獄から、天上の位置まで、ハイウェイを…。
真の父母は、霊界と肉界を中心とした王権を持って来られたために、それを霊界までつなげるためには、霊界に統一基盤を築いて、霊界王権基盤A蘇生的長成基盤をつなげなければなりません。そうしなくては、真の父母が地上において、完成基準を成したという位置に、霊界が同参することができません。それゆえ、その準備をしておかなければなりません。
皆さんの父母がどこにいますか?(ここです)。レバレンド・ムーンが、なぜ皆さんの父母ですか? 皆さんを産んであげましたか?(霊的な…)。(笑い)
どのように霊的な父母ですか? 一つ違うことは何か? 神様の愛、本来の愛をつなげてあげることができる父母なのです。それを知るべきです。
アダムが何か? 皆さんの先祖になりうる父母ですが、神様の愛をつなげられなかったのです。それをつなげられなかったのです。それゆえ、皆さんの父母たちは、神様の愛につなげることができないのです。何の話か分かりますか?(はい)。
真の父母が違うことは何か? 神様の愛をつなげうる特権を持って来たということです、特権を。皆さんが父母の言葉を聞かないで、統一教会の文鮮明の言葉を聞くとは、これが社会の正義ですか、悪ですか?(正義です)。どうして? 天宙の原則がそうであるためです。
真の父母が何をする人ですか? 偽りの子女たちを率いて、真の父母の子女にする役割をするのです。ですから、サタンはそれをできないようにするために、ぶん殴り、ありとあらゆることを皆するのです。サタン側は、悪なる人です。それゆえ、真の父母は、息子娘を消化して段階的に家庭基準、氏族基準、世界基準まで消化しようとするのです。このように言いますが、問題は深刻です。
先生は、何かというと、この歴史時代に、すべてを見せてあげるのです。僕の僕と僕がどのように行くべきかを見せてあげるのです。どのように行き、一つになるべきかを見せてあげるためのことを、今までしてきたのです。先生についてきて、全部成しておいてこそ、後で神様の愛まで行くのであって、それ以外にはありません。それを知るべきです。
天暦7月29日(2011年8月28日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
四、真の父母の使命
三)真の父母になる前の過程
人間の堕落によって、偽りの父母が生まれました。それで、先生は、このサタンを中心とした世界の上に、これを再び探して、天国の真の父母の位置を築くための受難の道を行かなければならなかったのです。それは、父母が復帰しなければなりません。ひっくり返ったものを、父母が全部責任を持って蕩減しなければなりません。
真の父母になるためには、カイン世界を愛さなければなりません。このカイン世界が、長男の世界でしょう? カイン世界は、堕落した長男世界と同じであるために、それが反対しても天の愛を尽くしてやったという条件を立てなければ、サタン世界が復帰できないのです。それを知るべきなのです。
長子を先に愛さなければなりません。原則的にサタンが長子であるために、サタンが「神様!あなたがアベルを愛するには、長子を先に愛したという条件を立てるべきです。そのような愛を私に見せずには、次子を愛することはできない!」そう言うのです。これが原理的だということです。
ですから、母が行くべき道は、エバが行くべき道は、カインとアベルを一つにして、アダムに帰ることです。それゆえ、母がいくら宇宙的な立場の愛を願うとしても、そのように愛してやれないのです。そのような位置にいるのです。
先生は、愛の関係においては世界的な記録を持っています。良心においては、天宙史的な記録を持ちうる群が生まれているのです。それは、観念にとどまるのではなく、実際だということを知るべきなのです。事実というものです。歴史的な事実です。サタンにおいては、どれほど脅威であり、神様には、どれほど希望的かというのです。我々統一教会の未来が希望的でありうるしかないという、このような驚くべき位置にいるという事実を、深く深く感謝できなければなりません。
天暦7月22日(2011年8月21日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
四、真の父母の使命
二)真の父母の道
今、世界は戦いが起こっています。これに誰が手を着けるのかというのです。誰がすべきですか? 我々がすべきでしょう。共産党と戦って、倫理破綻も防御しなければならず、宗教が崩れるのも防御しなければなりません。
先生が、世界の学者と神学者たちを集めて会議をし、このような問題を深刻に討議しています。アメリカの国が夢にも見ないことをしているというのです。皆さんが活動するといいますが、皆さんが難しいでしょうか、先生が難しいでしょうか?
父母は、子供よりもっと苦労しなければならないという原則があるので、先生はそれを実践しています。何かお金があれば、私がそのお金で食べて暮らすのではありません。未来の後孫のために、未来の後孫に良い道を開いてあげるのです。未来の後孫を愛する心を持って、お金を稼ぐのです。
レバレンド・ムーン、真の父母は何かというと、父と同じ位置で家庭を通じ、氏族を通じ、民族を通じ、国家を通じ、世界を通じ、宇宙を通じて行くべきなのです。これをつなげなければならないというのです。それをカバーするのです。そこで、夫を愛するように人類を愛さなければならず、息子娘を愛するように人類を愛さなければならないのです。自分の父母を愛するように、人類を愛さなければならないのです。いつも、それが即座につながらなければなりません。皆さんはそれを知るべきです。
神様の願いが何かというと、神様とともに暮らしたがる人を探すことです。神様と永遠無窮にともに暮らしたい人、愛する息子娘と額を一度付き合わせれば、千年、万年経っても目を離したくない人、そのような人を探すことです。分かりますか? 神様が愛する息子に指先で一度触れたら、千年、万年経っても離したくない、そのような愛を持って暮らしたいというのです。
統一教会は、そのような原則による父子の関係を教えようとします。そのような原則による夫婦関係を教えようとします。また、そのような原則による家庭を論じ、そのような原則による兄弟を論じようとするのです。兄弟でも、一度会って別れるのではなく、千年、万年ともにいても嫌でない、そのような兄弟のことです。
天暦7月8日(2011年8月7日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
四、真の父母の使命
一)真の父母の立場
この世の中を見ると、帝国時代、帝王時代、王国時代があり、その次には、今の民主主義子女時代、共産主義僕の時代があります。それが皆、愛の法を中心として統治していないことを見るとき、偽りの世の中だというのです。このように結論づけることができるのです。
それなら、ここで本然の心を中心として、本然の世界が生まれたら、本然の人がいなければならないのです。では、本然の人がどこにいるか?「人」というと、女・男が皆入るのです。そういう意味でしょう?
今日、歴史は、この世界が間違いなくサタン世界であるために、この世の中で本然の人を探しているのだ、こういう結論が出てくるのです。それで今日、四〇億という数多くの人類がいますが、真の世界を指導して、天地を指導する指導者を探しているのです。
では、本然の指導者は、どのようにして来るのか? 堕落した世界の個人、家庭、氏族、民族、国家、世界を越えて来るのです。その本然の人は、どのような人かというのです。(トゥルーマン(true
man;真の人)です)。トゥルーマンですが、そのトゥルーマンが、どんな人か? 真の人の定義がどういうものかというのです。完全な愛をなす人です。簡単なのです。では、その簡単な人が何ですか? それは、どんな人を言うのですか?(トゥルーペアレンツ(true
parents;真の父母)です)。簡単なのです。それなのです。
神様はどんな方か? 神様は、真の愛の代表です。代表ではないかというのです。それよりも神様はどんな方か?(すべての人を愛することができる方です)。それを知るべきなのです。神様は、すべての存在を愛することができる能力を持った方なのです。簡単に要約すれば、大きくて小さいもの、すべてを皆愛するのです。小さなもの、大きなもの、皆入れることができるのです。そこには大きいもの、小さいもの、すべてのものが皆入るのです。分かりますか?
それは事実なのです。それを整理しなければならないのです。世の中のすべての存在、大小のものが皆入るのです。分かりますか?(はい)。それゆえ、大きなものから小さなものまで、愛することができる能力を持った方が神様だというのです。
我々の目的地は世界のために行くべきです。いくら難しくても、行かなければなりません。世界のために行くべきであり、世界のために与えるべきです。アメリカは、世界のために与えるべきであり、自分が行く所へはどこでも与えるべきです。
天暦7月1日(2011年7月31日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
三、真の父母の必要性
八)選挙で選出できない真の父母
先生は、今まで家庭を探すのが大変で、教会を探すのが大変で、その次には、キリスト教の方向を定めるのが大変で、自由世界の方向を正すのに大変で、滅びていく共産世界の方向を正すのに大変でした。
それで、文総裁をして、長子権が復帰されたのです。カイン・アベル歴史を知っているでしょう? 長子権が復帰されたというのです。本来、アダムが堕落しなかったら、アダム自体が長子権を持ったでしょう。また、アダム自体が真なる真の父母になります。その次には、アダム自体が王の中の王です。
人間が堕落によって何を失ってしまったか? 長子権を失ってしまいました。天地の大きな事業と財産を相続する、その長子の権限を失ってしまいました。悪魔のために失ってしまいました。これを知らずにいました。それだけでなく、神様の愛と、神様の生命と、神様の血統を中心として、天地の創造主である父母に侍りうる、永遠な血族になるべきなのにもかかわらず、アダムが「真の父母」になるべき権限を失ってしまったことが分かりませんでした。そして、堕落しなかったら、一つの文化であったでしょう。アダム文化です。アダム一族です。こうすることによって、一つの王権が成されるのです。
民主世界というのは、杖と同じです。これは、兄弟主義です。民主主義というのは、兄弟主義です。兄弟が多いので、これを相続するように代表を立てようとするので、兄弟たちが皆集まって、より犠牲となり、より奉仕して、より伝統を立てうる人を選び出さなければならないのです。それが民主主義式の方式です。民主主義は、世界主義ですが、その上が父母主義です。これから、父母主義時代がやってくることを知るべきです。父母を選挙で選出しますか? 再臨主を選挙で選出できますか? 神様を選挙で採択できますか? できないのです。
民主主義は、不信の風潮を造成しうる基盤になっています。なぜ? 全部自分の利益のためには、ありとあらゆることを皆します。金力を動員し、人力を動員し、謀略、中傷など、ありとあらゆることをします。
天暦6月24日(2011年7月24日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
三、真の父母の必要性
七)真の父母の決定は先見的予知予定圏
終わりの日に至っては、どのようになるのですか? これが交替するのです。悪魔の愛、悪魔の生命、悪魔の血筋を受け継いだために、ここに神様の愛、神様の生命、神様の血筋を受け継ぐためには、真の父母が出てこなければならないのです。真の父母が一人行く人ではありません。先生が「真の父母」という名前を宣布するまで、神様がどれほど苦労し、宗教がどれほど血を流したか分かりますか?
数日前、『格庵遺録』を読みました!『鄭鑑録』よりもっと後に出てきたものですが、見ると、もうその時から文総裁の名前が預言されて出ていましたよ。(笑い)私はそんな人です。
私が生まれもしない前に私を見た人がたくさんいます、通じる人は。何の話か分かりますか? 先生が生まれもしない前に、どうして私を見たのでしょう? 霊界は先生が生まれる前からあったから、このような人が生まれなければならないということを教えてくれるのです。それでこそ、地上で受難を受け、苦痛を受けた人たちが、霊界では先生の統治圏内に入ってくるのです。
神様は、そのような作戦をするのです。何の話か分かりますか?(はい)。苦労した人を失わないために。その方に仕えて暮らしたために、その方が後に出てきても、仕えたその方に従うようになっているのです。それゆえ、愛する神様は、私を産む前に、何十年、何百年前に、皆見せてくれたのです。
ですから、歴史的な人物でしょう?(はい)。今は、歴史的な人物といっても、韓国人、世界の人に夜中や明け方に一言言っても、白昼に聞くようにそうだと言うのであって、違うという人は一人もいないのです。
今や、皆終わったのです。戦いは皆終わりました。もう少し行くと、その時は私に反対する人をピンセットでつまみ出すでしょう。何人かの人しかいません。その人たちも、じっと見ると、昔私と関係があった人たちです。そのような人が反対しているのです。なぜでしょうか。 体制の習慣性圏内に捕虜になっているから、それを抜け出せないのです。その習慣性を抜け出せなければ、地獄行きです。
天暦6月17日(2011年7月17日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
三、真の父母の必要性
六)真の父母が絶対必要な理由
今日、統一教会員たちは、私を見て何と言うか? 真の父母と言います。皆さん、この真の父母という言葉は、恐ろしい言葉です。また、真の父母という言葉があるということは、偉大なことです。
神様の愛を母体とした家庭をモデルとせずしては、氏族や民族、国家は編成されないのです。家庭を拡大させた氏族、民族、国家を編成するのです。それゆえ、悪魔の世界を打ち破るためには、真なる家庭のモデルを中心として処理していかなければなりません。
我々堕落した人間は、悪なる父母を持ちました。堕落した先祖から皆さんの数多くの先祖、皆さんの両親も堕落圏内の父母です。その言葉は何か? 堕落した父母の伝統圏内の父母、先祖たちだということです。ですから、真の父母という言葉が出てきたという事実は、驚くべきことです。
一体、真の父母はなぜ必要か? アダム・エバが完成して、本然のみ旨を成すにおいて、心情一致圏を中心として、すべてが一つになり、すべてが確実であり、すべてが完全な環境圏を持って出発できる住みかが、堕落しないアダム・エバが神様と一体理想を成す愛の圏です。そうではないですか? その愛の圏が出てこなかったのです。
今日、愛の圏が世界に出てくる日には、統一教会という言葉が必要ありません。世界も必要ありません。その世界を捨てて、その国を捨てて、後にはこの家庭を探さなければならないのです。また来なければならないのです。ですから、すべては皆捨てても、これを探さなければなりません。これが重要なことです。
我々に必要な方が誰かというと、真の父母です。真の父母は誰か? 友達よりも、先生よりも、もっと貴い方です。それゆえ、友達を捨てても真の父母について行くべきであり、先生を捨てても真の父母について行くべきなのです。
天暦6月10日(2011年7月10日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
三、真の父母の必要性
五)真の血統は真の父母を通じてこそ
我々に必要なのが誰かというと、真の父母です、真の父母。偽りの父母から出発したのを、真の父母から出発させなければならないのです。偽りの父母は何かというと、偽りの愛から、偽りの生命、偽りの血統を受けたのです。
これをひっくり返さなければなりません。それで真の父母の愛を中心として、真の生命と真の血統をどのように受け継ぐかというのです。言い換えれば、生命の種を過って受けたために、これをどのように再び本然の種を受けるかということです。
この問題を考えるようになるときに、真の父母がいなければ受けられないために、この地上にメシアが来られ、そのメシアの種、真の父母の新しい生命の種を持ってきて、再度注入して接ぎ木しなければいけないのです。これを通じて、本然の真のオリーブの木の位置に帰るのです。簡単なことです。
それで、神様は本当に我々の父母です。ですからどれほど近いですか? 縦的な父母が神様であり、真の父母は横的な父母として理想の愛を成すのです。
アメリカ政府をご覧なさい。民主主義ですがね。民主主義は兄弟主義です。それゆえ、けんかしてるのです。最近宣布したのです。「父母がいなければならない。父母がいてこそ、けんかをやめることができる。このような悲惨な中で必要なものが父母主義である。神様主義、神様を中心とした主義だ!」と。どんな父母か? その父母は、サタン世界にいません。サタン世界にいる父母とは正反対です。それがいわゆる真の父母というものです。
なぜ、真の父母が必要か? サタンの愛、生命、血統の基盤を清算するために必要です。どのようにして男女がそのような位置に落ちましたか? それは、生殖器のためです、生殖器! 本来、生殖器は愛の王宮です。そうではないですか? 今、その愛の王宮がどのようになっていますか? 愛の王宮であり、生命の王宮であり、血統の王宮であるものが、そのように貴いものが人間の生殖器です。これが汚いものですか? 聖なるものなのです。
それが堕落によって、汚いものになってしまいました。本然の神様の観点から見れば、それが汚いものではなく、聖なるものです。最も貴いのです。生命、愛、そして血統がここにつながっています。このように聖なるものをサタンが汚しました。天暦6月3日(2011年7月3日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
三、真の父母の必要性
四)真の父母出現の前提条件
真の父母が出てくるために、どのようにすべきか? 天使長を復帰せずに、真の父母が出てくることができますか?(できません)。イエスを復帰せずに、真の父母が出てくることができますか?(できません)。また、新婦を復帰せずに、真の父母が出てくることができますか?(できません!)宗教世界では、これを解決しなければならないのです。
神様が復帰摂理をしてこられるにおいて、すべての難関を解決した立場で、新しく登場した名詞が何かというと、真の父母です。これをはっきりと知るべきなのです。真の父母は、いいかげんな人ではありません。皆さんの妻に及ばず、皆さんのお母さんにも及ばず、皆さんの兄弟にも及びませんか? 皆さんはこれをはっきりと知るべきです。
天暦5月25日(2011年6月26日)
訓読:【平和神経】「平和メッセージ14」
<天の伝統が皆様の家法>
イスラエル民族がカナンを復帰したのちに滅亡してしまったのは、彼らが既存の環境に同化して習慣化してしまったためです。彼らは、より良く生き、より良く食べて、贅沢をする生活に幻惑されました。彼らは、権力をむさぼり、知識優先主義に流れました。異邦人でも、お金持ちの家ならば結婚しました。結局、彼らは、選民の精神を売り払うようになり、天の伝統まで失ってしまいました。
「家庭盟誓」が教えてくれる教訓は、天宙主義です。個人主義ではありません。現実の様々な困難を避けていては、生きていけないでしょう。現実を果敢に撃破して、勝利を勝ち取らなければなりません。その武器が、正に「家庭盟誓」の伝統で武装された皆様の家庭です。皆様一代だけを中心とする家庭ではありません。少なくとも三代圏を成し遂げて、確固不動たる天の伝統を立てなければなりません。子々孫々、選民の真の血統が流れる一族を定着させなければならない使命があるという意味です。
祝福家庭の皆様は、真の愛の基台を広げて万民の心情を集め、ろうそくの明かりをともして香をたきながら祈りを捧げ、天と地、そして万民と共に、真の愛の因縁を結んで暮らしてから死のう、という家庭にならなければなりません。そのような家庭になれば、どのような艱難が近づいても、神様がその家庭を保護してくださるでしょう。天が種として残したい家庭が、そのような家庭だからです。
皆様全員が、「家庭盟誓」に立脚した真で善なる家庭の伝統を立て、必ず勝利してください!後天開闢の時代を生きていく皆様の人生は、勝利者の歩みにならなければなりません。環太平洋圏時代の明るい太陽が、皆様の歩みを照らしてくれています。この祖国の地、大韓半島に真の生命と真の愛、そして真の血統の根源である神様が共にお住みになり、神様が永遠の価値の祝福を下さった真の父母様が、皆様を導いておられます。今、皆様の前途には不可能がないということを、はっきりと知ってください!
神様の祝福が、皆様と皆様の家庭に永遠に共にあることを願います。
天暦5月18日(2011年6月19日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
三、真の父母の必要性
三)真の父母が来るべき理由
皆さんの願いは何ですか? 天国の人になるとか、天国の子女になりたいでしょう? それが願いでしょう?(はい)。天国の民、天国の子女にさえなれば、天国は自然に生まれるのです。
このように見るとき、天国が民主主義の世界ですか、どんな世界ですか? 民主主義の世界というのは、これから主が来て、政権交替をたやすくするための一つの方便であり、過渡期的な現象の主義です。これから地上に主が現れれば、全世界の民が主に従うのであって、誰に従いますか? 分かりますか? 民は、全部主の前に進まなければなりません。そうすれば、全世界の国家組織を一つの国家として編成するのに便利なのです。
ところで、民主主義をもってしては世界が一つになれないのです。それはすでに実験済みです。アメリカが世界を指導できるか? アメリカ自体が滅びるようになりました。それゆえ、どうしてアメリカを生かし、アメリカが世界を支配できるようにするかというのです。それが神様のみ旨ならば、これは必ず統一教会の思想、レバレンド・ムーン主義を中心として対処しなければなりません。そうする前には、アメリカが生きる道がなく、アメリカ国民を通じて天国に行く橋を置くことができないのです。
このようは原則で、霊界がなっているのに、肉界にこのようなものが現れたら、どれほど引っかかるでしょうか? 神様を中心として、第二は真の父母が現れ、第三は真の子女が現れ、第四は真の国民を通じた真の国家が現れなければならないのです。そうなるのをどれほど待ち望んだかというのです。皆さんが地上に現れて、本然のみ旨をなすことを、霊界に行った霊人たちが、数千年間どれほど待ち望んできただろうかというのです。
この世界を主管するものは何か? 第一は、サタンを中心として、第二は、偽りの父母、すなわち堕落した父母、悪なる父母を中心として、第三は、悪なる子女、第四は悪なる国家、このようになるのです。霊界の世界や、これからの理想世界は、これを全部否定しなければなりません。
天暦5月11日(2011年6月12日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
三、真の父母の必要性
二)世の中の父母と真の父母
堕落しなかった世の中に「おお、あれは私の息子娘だ!」と主張しうる息子娘がいましたか? 二つの親の中で、一つの新しい父母を探すために、昔の父母を捨てなければならない、そのような概念がエデンの園にありましたか?(いいえ)。なぜ、このような運命の中に生まれましたか? なぜ、このような運命を持って生まれましたか? その運命は、神様が創ったのではなく、サタンが創りました。悪魔が創っておいた世の中です。堕落したために。
そこでサタンは、全部分けておいたのです。父母を分けておき、息子娘を分けておき、家庭を分けておき、国家を分けておき。世界を全部こっぱみじんに分けておいたのです。そのように分けておく日が終わりの日であるのす。終わりということは末世です。これを知るべきです。
世の中の終わりの日になれば、新しい日が出発します。我々の原理で言って、終わりの日でありながら新しい理想が出発すれば、神様はどうするか? 分かれたものを全部統合してくる運動をするのです。
天暦5月4日(2011年6月5日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
三、真の父母の必要性
一)普遍的父母も必要
本来神様は、アダム・エバを創っておいて、自分の中に父母として子供に対する実を自分が持つと同時に、子供が父母に対する実を持つようになることで、二人とも完成させうることを願ったのです。このようになれば、神様は二人とも収めて持つことができるという言葉も成立するのです。
では、なぜ父母が必要であり、なぜ子供が必要かということです。神様は霊的でしょう? 分かりますか? 神様は霊的です。息子は地的です。分かりますか? 神様は霊的であり、息子は地的です。父子関係がそうなのです。
そのような見えない神様が、見える息子を通じて実を結ぶことによって、見えない神様が、息子の心の中に見える神様の価値として現れるのです。それはどういう意味か分かりますか?(はい)。見えない神様が、息子の心の中にも開かれて、息子の実も結ばれ、また、父の実までも息子の中に移してやることができるというのが可能だということです。ですから、神様に対しては、神様の実も結ばれ、父母の実も結ばれるのです。同等な価値を持つということです。
では、父母をなぜ必要とし、子供をなぜ必要としますか? 神様でも愛を持ったら、相対が必要なのです。我々は子供でも愛を持ったら相対が必要なのに、この相対的関係が何かというと、天と地の関係です。垂直条件です。
この半分を切ると、半分は霊的世界であり、半分は肉的世界です。見えない神様の息子娘として生まれて、役事してみなさい。相対的極です。極から生まれて、これが大きくなるのです。もっと大きくなりながら、見えない神様も見出さなければならないと言って、初めて新郎新婦になり、夫婦が愛で一つになることによって、霊的上弦と肉的下弦が統一をもたらすのです。
父母を必要とするのは、天国を占領するためであり、父母が子供の愛を願うのは、地を占めるためだという結論が出てきました。父母の心は天の心です。この天の心をいつ知るかというと、子供のときには分かりません。父母になってこそ分かるのです。分かりますか?
天暦4月27日(2011年5月29日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
四)再臨と真の父母
・ 再臨主のすべきこと
来られる主がすべきことは何か? サタンに勝利すべきであり、その次にはすべての霊人たちに勝利すべきなのです。
皆さん、今日道士たちが、自分が天下に何になると誇る人たちがいますが、この堕落圏を収拾しうる内容がどのようになっているかということを知らないで、ただ時だけ願って精誠を尽くすばかりではだめなのです。
サタン圏に勝利して、その次には何に勝利すべきですか? 霊界圏に勝利すべきです。それは、見える世界ではなく、見えない世界だというのです。見えない世界と闘争をして、サタンに勝利できないようになれば、霊界に進展しうる道が生まれてこないというのです。必ず妨害を受けるために、霊界に入ろうとしても、入ることもできないし、入っても戦って勝つことができないというのです。
それゆえ、サタン圏で勝利圏を持って、その次には、霊界に入って勝利圏を備えて、雑教から全部経て最高の宗教、キリスト教が最高の主流の宗教なら、キリスト教どうしで屈服させることをしなければなりません。それは何かというと、彼らのすべてを相続しなければならないということです。
このような戦いの過程を経て、天地に勝利的公認を受けうるようになるときに、神様から「おまえはサタンと霊界の勝利者だ!」という立て札をもらって、地上の実践路程が始まるのだということを皆さんは知るべきです。分かりますか、何の話か?(はい)。そのような歴史が残っているのです。
天暦4月20日(2011年5月22日)
春というより初夏の気候でしたが、大きな木の下で、気持ち良く礼拝と出し物が出来ました。礼拝後は壮年部の方々が中心となってバーベキューを行い、さらに毎月行っているファミリーボランティアとして公園のゴミ拾いをして解散しました。



天暦4月13日(2011年5月15日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
三)イエス様と真の父母
イエス様はどんな方か? エデンの園で、アダム・エバが堕落することによって、真の父母になれず、偽りの父母になり、偽りの子孫を産んだので、これを再び復帰するための真の父母として来られたのです。アダム・エバは、真の父母になれなかったのと同時に、真の夫婦になれなかったので、真の子女にもなれませんでした。
それゆえ、イエス様を完全に信じて、イエス様と一つになれば、真の子女復帰、真の夫婦復帰、真の父母復帰をすることができるのです。それで、イエス様をいちばん愛せということです。皆さんはそれを知るべきです。(8・109)
黙示録に見ると、終わりの日には、主が新婦を迎えにこの地に来られるという内容があります。皆さん「子羊の宴」が何か分かりますか? それは、歴史以来初めて一人の新郎と一人の新婦が、神様の愛を中心として夫婦を成す宴の日を言うのです。
我々人類の始祖が堕落することによって、我々の先祖は善の父母ではなく、悪なる父母になりました。それゆえ、神様が構想された位置、我々人類の先祖が堕落しないで成すべきだった本然の父母の位置、真であり善の父母の位置は、まだ現れず、成すことができなかったのです。
天暦4月6日(2011年5月8日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
・ メシアの使命
メシアのみ旨は何か? 縦的な基盤完結を見て、横的基盤の出現を成立させることです。そうであるなら、メシアは何か? 天倫のすべてを、神様と人類が行くべき公の目的を縦的基準に一致させて、個人的な縦的完成標準、家庭的な縦的完成標準、国家的な縦的完成標準、世界的な縦的完成標準を完成させるために、その内的計画を全部掌握して来られる方が再臨主だというのです。(71・80)
宇宙をじっと見ると、偉いという存在が二つあります。神様とサタンしかないのです。(笑い)そうではないですか? 善悪の主人が戦っているのです。人間を中心として善悪の闘争であるのです。
サタンがどれほど偉いですか? 今までの人間の歴史を人類学で見るなら、一五〇万年がどうだこうだと言いますが、悪の闘争をする総大将として、神様までひどい目にあわせてきて、びくともできないようにして、神様も足を持ち上げられてどうしようもできなくするサタンが、どれほど偉いかというのです。
この戦いを誰が終えなければならないか? 神様もその戦いを終えられず、サタンも終えられません。このような言葉は、初めて聞くのです。悪神と善神の戦いを誰が終わらせてあげることができるか? それは、神様でもなく、サタンでもありません。では誰が? 人間が。どんな人間?(真なる人間!)真なる人間。
真の愛から出発して、真の愛を持って行く、世界万民がついていくことができる愛の主人公にならなくては、神様とサタンの戦いを終えることができないのです。この戦いから解放されない限り、人間の歴史世界において、平和という言葉は妄想的な言葉になるのです。理想という言葉は、抽象的であり感傷的な言葉に過ぎません。
天暦3月29日(2011年5月1日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
・ メシアの顕現過程
今まで宗教が出てきていますが、使命は何かというと、一人を探そうということです。数多くの宗教が救いを得て何がどうだと言いますが、世界的によりすぐって、最高の位置に上がりうる人、その位置を超えたその一人を探そうというのです。その一人を立てようというのです。
このように、すべての宗教の中心は、一人ですが、その存在が誰かというと、メシアというものです。言い換えれば、すべての宗教が一人を探してくるのに、その一人、中心存在が誰かといえば、メシア、救世主というものです。
メシアが来る所には、その場に一度に来るのではありません。七年路程を経なければなりません。メシAは男です。そのメシアが来て、サタン世界で血統的な関係を超越して、サタンに勝たなければなりません。
勝ったその男を中心として、家庭的に勝たなければならず、氏族的に勝たなければならず、民族的に勝たなければならず、国家的に勝った基盤を作っておかなければならないのです。男一人だけをもってしてはいけません。すなわち、サタン世界よりもましにならなければなりません。サタン世界に属した家庭より優位に立たなくては、メシアは彼らを率いることができる立場になれないのです。
サタン世界の最高の基準が何かというと、国家というものです、国家。サタンは、いつも国家を中心として反対してきました。サタンは、国を持ったために、その国を中心として個人的にも天を叩き、家庭的にも天を叩き、氏族的にも天を叩き、民族的にも天を叩いたのです。いつもこの国を中心として、天が築いてきた道をいつも妨害してきたのです。
天暦3月22日(2011年4月24日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
・ メシアは真の父母である
来られるメシアは、どのような方か? 個人はもちろんであり、家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙全部をかけておいて、信仰と希望と愛の実体として立ちうる方です。その方が、このような場に立ってこそ、初めて人類の歴史上に残っている信仰が、結実しうるのであり、希望が結実しうるのであり、愛が結実しうるのです。
そうでなければ、信仰と希望と愛が結実することができません。その方が言う言葉は、個人的な言葉ではありません。皆さんもそんな信念を持って叫ぶようになるとき、その言葉は個人の口から出てくる言葉ですが、世界史的な内容と因縁を備えた言葉になるというアとを知るべきです。
知恵深い人とは、どのような人か? 世界的な時を、希望の時をまず区別するすべを知る知覚を持った人です。それを予め知って、分析して、批判して、実践して、自分のものにする責任を負うことのできる立場に立っている人が、知恵深い人です。
メシアがこの地上に来られるとき、彼は個人として来られますが、個人ではありません。その方の価値は、全世界の人類が信じている信仰の結実体であり、全世界の人類が願っている希望の結実体であり、全世界が願っている愛の結実体です。
その結実体には、すべての歴史路程がつながっています。すなわち、過去、現在、未来が皆つながっています。そして、個人から家庭、氏族、民族、国家、世界が全部つながっており、天と地がすべてつながっているのです。(13・143)
メシアは真の父母である。我々は真の子女である。同じ運命圏に立って、そこに加わらなければいけない。 (55・99)
天暦3月15日(2011年4月17日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
一)歴史と真の父母
・ 復帰摂理歴史は真の父母を探すための歴史
神様のみ旨に代わって、この地上に現れるべき真の父母はどんな方か?
万物に代わって、サタン世界と闘い、万物を主管しうる立場を収拾して、人間に代わって人間世界を主管しているサタンを壊滅させなければならず、霊界とも対決して、数多くの霊人たちまで主管できる絶対的な位置を構築しなければならない方です。真の父母にはそのような使命があります。
それで、神様は堕落した世の中を復帰なさるために、万物から人間、天までつながった一つの世界を復帰するため、今まで真の父母を送りうる道を築いてこられたのです。
我々は、復帰原理を通じて真の父母が現れるためには、真なる息子娘がいなければならず、真なる息子娘が現れるためには、真なる僕がいなければならないということを習いました。
そして、神様の復帰歴史を見ると、僕の時代を経て、子女の時代を経て、父母の日を迎えることができるように、神様が役事してこられたことが分かります。また、僕の時代から、養子の時代、子女の時代を経て、父母の時代まで復帰してくる間、霊界にいる霊人たちも協助してきたということを、我々は原理を通じて習いました。
天暦3月8日(2011年4月10日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
一)歴史と真の父母
・ 歴史と真の父母
今まで宗教は何をしてきたか? 真なる息子一人に会うための努力をしてきたのです。神様は、真なる息子一人をお探しになるために、今まで苦労されたのです。それゆえ、宗教の教祖たちの中には女がいません。
皆さん、宗教の教祖の中に女がいますか、いませんか? いないでしょう? 全部男でしょう? これは、真なる息子一人を作るために、つないできたということを意味します。一段階、二段階、三段階、百段階…。このように上がって、最後のバトンを受け継いで勝敗を決定しうる一人の主人公、息子を探してきたのです。これが今までの歴史です。(41・28)
神様が宗教を作って何をするのだろうか? 何をしようというのか? 神様が宗教をなぜ作ったのか? 世界のぼろきれ、大きなぼろの版図を作るためのものではありません。目的は簡単です。神様が真なる愛で愛することができる人を探すためなのです。その一人を探すために、愛の環境的要件の中で、神様が守って、相対的な一人を探せばおしまいです。愛が、二つ、三つ必要ですか? 同様です。(173・34)
神様の復帰歴史は、真の父母を立てるための歴史であるとも見ることができます。それゆえ、カイン・アベルから今日に至るまで、天は内的に真の父母を復帰するため、摂理してこられました。誰でもこの目的を成すための根本摂理に敵対したり、妨害したりすれば、彼は天道の前に捨てられるようになり、結局滅びるしかありません。(9・10)
天暦3月1日(2011年4月3日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
一)歴史と真の父母
・歴史の願い
我々統一教会では、真の父母という言葉を使っているのです、真の父母。
皆さんが今、この堕落した世界歴史について見るとき、この世界には堕落した父母が生まれた、堕落した父母が生まれて堕落した世界を成した、ということが分かるでしょう。
この世界は、どんな世界かというと、堕落した父母と因縁づけられた世界であって、真の父母、神様が理想とした本然の世界とは関係のない世界です。それゆえ、長い人類歴史を経てきながら、この世に多くの人たちが生きては死にましたが、彼らが幸福を歌いつつ「ああ、私は人間として生まれてやはり幸せで、人間として成功した人だ。すべての面において成功した一人だった」と宇宙の前に誇って暮らしていった人は一人もいないのです。
それで、人間の歴史は苦海と同じだ、悲哀の歴史だ、戦争の歴史だ、疾病の歴史だというのです。なぜこのようになったのかというと、堕落の結果によってこのようになったのです。
今、人類の希望は何か? 人間がどのように完成した人になるかということです、完成した人。神がいるなら、その神の前に、完全な絶対者がいるなら、その絶対者の前に、完全でありうる人をどこで探し、どこで成すかということです。
それで、今まですべての哲学を通じて、宗教を通じて、人間たちはそれを探しに探しましたが、その解決点を皆見れず、今はすべて放棄状態に至ったのです、それが現世の人間の立場だというのです。(137・81)
今まで人間たちの歴史的な願いが何かというと、真の父母に侍ることです。真の父母を迎えるためのものなのです。神様がイスラエルの国とユダヤ教を立てられたのは、メシアを迎えるためなのです。メシアが誰かというと、真の父母です。また、キリスト教とキリスト教文化圏を作ったのは、再臨主を迎えるためなのです。再臨主は誰かというと、第三次アダムとして来られる真の父母です。
天暦2月23日(2011年3月27日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
二、メシアと真の父母
一)歴史と真の父母
・ 堕落と真の父母
今、歴史時代に人類の終末時代が来ていますが、これが何かというと、民主と共産が交差するのです。サタン世界の全権時代が来て、全世界に澎湃していたのが、皆狂うようになれば、行く所がありません。そうなれば下っていくのです。七〇パーセントになれば下っていきます。七千年の歴史を中心として蕩減するのです。
この七千年が問題です。第一次世界大戦も、七〇パーセントをドイツが勝ったのです。日本が大東亜戦争と言った第二次大戦も、七〇パーセント以上勝利しました。そうなれば、そこから下り始めるのです。このように、皆原則的な公式を通じて、歴史も発展するということを知らないでしょう。
このように、偽りの父母として生まれたので、これは曲折が過ったのです。その上に、父母を中心として、このようになるべきなのに、このようになったからこれを解かなければなりません。個人的に解かなければならず、家庭的に解かなければならず、氏族的に解かなければならず、民族的に解かなければならず、国家的に解かなければならず、世界的に解かなければならず、天宙的に解かなければならないのです。(211・310)
天暦2月9日(2011年3月13日)
<文亨進世界会長のビデオメッセージ訳>
食口の皆様、こんにちは
特別に日本の食口の皆様にメッセージをお送りいたします。
今私は真の父母様に侍り、セドナにやってきています。
ここは地球のへその部分にあたり、地球上で最も気が強い場所でもあります。
ここに真の父母様が来られて、精誠と祈祷を捧げられ、日本にも気を送ってくださいました。おそらく写真カードを見られるとわかるでしょう。
特に日本において大地震が起こり、皆さんとても心配され、またたくさんの人々が恐怖を覚えておられるかもしれません。
皆さんこの時間から真の父母様の大いなる愛を、時間と空間を超越して送っています。
ですから全食口がお互いに助け合い、ケアし合いながら、私たち全世界の食口たちが、祈祷と愛と振動を日本に送っているのであり、また特別に真の父母様が日本を助けてあげるようにとお話しされ、日本を協助しているところです。
ですから日本の食口の皆さんも力を出してください。
ここは日本からは遠い国ではありますが、一つの信仰と愛と血統を連結する一つの家庭でありますので、皆様に真の父母様の愛を送ります。
私は来週日本に行って、日本の食口の皆さんと必ずお会いいたします。
それまで力を出して、日本の摂理がさらに発展し、大きな危機の中で、新しい発展の機会となり、新しい出発をなすことができるよう祝願いたします。
日本の食口の皆さん、来週必ずお会いいたしましょう。
ありがとうございました。
セドナよりご挨拶いたします。
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<統一財団理事長 文国進様からのメッセージ>
天基2年2月9日 (陽2011.3.13)
母の国日本を突然訪れた悲劇に、心から同情を申し上げます。私は今、事業の関係でドイツ滞在中ですが、日本からのニュースはマスコミを通して追っており、神様と天地人真の父母様のために、熱心に活動する日 本の食口皆様のため、懇切な思いで祈っています。特に、食口の中には、まだ連絡が取れない方もいらっしゃると聞いていますが、愛する統一教会食口の家庭一 つ一つの上に、神様と天地人真の父母様の、祝福と加護がありますよう祈ります。愛する日本の食口皆様の上に、神様と天地人真の父母様の恵みと役事があるよ う祈りながら、皆様に力を出して下さることをお願い致します。
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<大母様からのメッセージ>
愛する日本の食口の皆様に伝えます。今度の天運相続新しい出発特別恩赦祝福修錬会は、神様と天地人真の父母様の指示により、去る2月14日から出発し、絶対善霊たちと霊界の真の御子女様たちが役事する大復興の役事として大きな恩恵あふれる修錬会でした。しかし意図しなかった日本の東北地域の大震災によって、第5次の巡回ができなくなり切ない心を禁じえません。真の父母様からも「日本のために祈りなさい」という御言に従い、精誠を尽くしています。食口の皆様も感謝の心でみ旨のために更に精進してくださることを願います。地震による被害を被った食口たちに深い慰労の言葉をお話えします。
今回、巡回ができなかった7地区、9
地区、6
地区、4
地区には早いうちに行くようにします。
くれぐれもすべての食口たちに天運がともにありますよう祈願いたします。
2011年 3月 12日 清平から
天暦2月2日(2011年3月6日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
一、真の父母とは
六)我々が知るべき「真の父母」の語義
・ 真の父母という言葉は貴い
皆さんは、真の父母という言葉がどれほど重要な言葉であり、どれほど貴い言葉であるかということを知るべきです。皆さんの国と大統領、先生、父母、兄弟は信じられなくても、真の父母だけは信ずべき義務があるのです。分かりますか、何のことか?(はい)。真の父母という観念の中には、地獄とか、悪なるサタン世界を救う、救いの観念がこもっているという事実を知るべきです。
これを考えなさい。皆さんが、サタン世界で死ぬしかない立場にいるのに、父母がいて皆さんの死の前に盾となりうる力となってあげることで、天地が公認し、歴史が公認しうるとしたら、それはどれほど誇るべきことですか? 神様が保障し、歴史が保障する真の父母! みなさん、そうですか? 真の父母という言葉がどのように出てきたか、それを知るべきなのです。
レバレンド・ムーンが真の父母になるんだと、このことを始めたのではないのです。レバレンド・ムーンを持たずしては仕事ができないから、仕方なくこの仕事をしているのです。分かりますか?(はい)。(116・113)
・ 真の父母という言葉は誇るべきでありとてつもない
今まで我々継代の立場は、我々千万代の先祖たちが皆復活して、その復活した栄光を褒めたたえるとしても、それは堕落圏を脱しえない栄光であり、褒めたたえでした。
天暦1月18日(2011年2月20日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
一、真の父母とは
五)真の父母は何か
・真の父母は人格の実体
歴史上の聖賢たちの中で「私は人類歴史において、人間たちを代表して、体と心が闘わず完全に統一を成したので、私を見習え」と言う人がいましたか? 学校の教育で見れば、倫理生活について責任を受け持たれた教授たちも多いのに、何が重要かというのです。
体が重要か、心が重要か? 心も重要で、体も重要です。もっと重要なことは、私の体と心の統一圏です。それが重要なことです。それがだめな人は、いくら世界が統一されたとしても間違った人です。(一四二・三二五)
今皆さんは、体が違い、心が違います。では、これがいつ一つになるだろうか? 今、人類歴史路程において、体と心が闘うのを自分が統一させると、体と心が闘うこれを統一させると言える人は出てこなかったのです。
パウロのような人も嘆息したでしょう。「心の法と体の法、二つの法があって闘うので、私はなんとみじめな人か。この死の法から誰が私を解放するだろうか? そこにはただイエス・キリスト、神の愛で…」まさにそう思ったのです。主イエス・キリストの中にいる神様の愛によって解放されるのです。(一六四・四一)
心と体が一つになれない原因がどこにあるか? 神様はどんな方かといえば、この宇宙の根本となる縦的な愛の主体です。その重りが地に降りてくるようになるときに、神様一人ではだめです。いくら神様といっても、愛を下すには水平線でこの基準を引き出すことができる力が必要です。
天暦1月11日(2011年2月13日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
一、真の父母とは
五)真の父母は何か
・ 真の父母の定義
統一教会で言う真の父母は何か? これが問題です。堕落しなかったらどのようになるか? 堕落しなかったら、神様が縦的な愛となり、アダム・エバは何かといえば、神様の体になるのです。神様の体と同じなのです。神様は骨のようであり、アダム・エバは体のようなものだというのです。神様も心があり、体があります。分かりますか?(はい)。
そう、皆さんは、誰に似ましたか?(神様に似ました)。神様と?(真の父母に似ました)。真の人。神様とトゥルーマン(true
man;真の人)に似ました。そうだといって、アメリカ大統領のトゥルーマンではありませんよ。(笑い)
神様は、内的な場で内的な父母になりAアダム・エバは、外的な場で外的な父母になります。内的外的父母が一つになったその場が愛で綴られて、内的父母に侍るようになり、外的父母を持つようになります。神様と人間との愛の結託により、真の父母、完成した人間が成就されるのであったというのです。愛と結託されないなら、完成人間がいないのです。
それが何かというと、本然の我々の先祖であるのです。神様が創造された本然の人間です。そのような人から我々が生まれるのです。そのような神性を持った人により、我々が生まれなければならないのです。それゆえ、我々は神性を帯びた神様の性稟も持ち、人性を帯びた、神様の前の縦的な父母の性稟も持つのです。
ですから、アダム・エバの完成は、神様の愛に結ばれてこそ完成が出てくるのであって、これが結ばれなければだめのです。神様の縦的な愛と横的な肉的愛が、一点で結ばれたのが、まさに我々の先祖の血統の根です。分かりますか?(はい)。そこが、我々先祖の血統です。そこから全人類が生じるのです。
堕落のために、男の愛、女の愛、神様の愛が皆分かれました。堕落によって、男の愛、女の愛、神様の愛が結ばれませんでした。
天暦1月4日(2011年2月6日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
一、真の父母とは
五)真の父母は何か
・ 二つの石板と真の父母
イスラエル民族を荒野で導くとき、火の柱と雲の柱があったでしょう? 昼に導くのが雲の柱で、夜に導くのが火の柱でした。それは何を意味するか? 男女を代表して終わりの日に父母が来て、イスラエル民族から侍られるのを象徴的に見せてくれたのです。この火の柱と雲の柱の導きに従わない人は、皆滅亡するのです。
また、イスラエル民族が荒野に出て40年さすらい、方向をつかめないので滅亡するのを心配して、モーセをシナイ山に呼び上げて、40日断食をさせて与えた二つの石板が何かというと、アダム・エバ、真の父母を象徴したという事実を知るべきなのです。
契約の箱の中にどうして二つの石板を入れたかというと、二つの石板は、神様のみ旨を終結することができる中心本部としてアダム・エバを象徴したのです。それで、契約の箱の中に入れたのです。(134・174)
我々の願いが何か? 神様は縦的な父母であり、アダム・エバは横的な父母ですが、縦横の父母が一つになって喜びうる場で、愛されうる息子娘になるのです。ところで、そのようにできなかったのが恨です。そうでしょう? そのような愛を一度受けてみたらという熱望を皆持っているというのです。宗教も全部そのようなものです。
天暦12月27日(2011年1月30日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
一、真の父母とは
四)真と真の愛
皆さん、真、トゥルー(true)という言葉は何の言葉ですか? それが丸いものか、角張ったものか、平たいものか? それの定義が何か? そして、真に対する定義を下すのに、何を中心としてその定義を下すのだろうか? それが問題なのです。
皆さんが「真の人」と言うとき、その真の人はどのような人ですか? 真の人も目が二つあって、鼻があって、簡単なのです。目、鼻、口、体が皆ある人です。
では、トゥルー(true)ということは、真ということは、ある一定の場所の制限を受けることを言いますか、一定の場所を超越することを言いますか?(超越することを言います)。それがどのように? 何を持って?
どうしてその制限線を超えなければならないか? それは何を言うのか? すべてを代表して測りうる内容を持たなければならないことを、我々は分かります。
皆さん、数学なら数学では公式を言い、物理なら物理では公理を言い、定義を言うのに、その定義がどのようなものか? 公式というものは、それが小さなものですか? 公式の単位というものは、簡単なものですが、その公式的というものは、すべての物を比較できる主体性を持つべきです。それでこそ公式や単位の基準が設定されます。これを知るべきなのです。それが違えば、全体、小さい論理を策定して計算したのが、膨大な宇宙にピッタリ合わないのです。
天暦12月20日(2011年1月23日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
一、真の父母とは
三)真の原器
真なる心は、変わりません。それゆえ、それがなくては、皆さんが基準を立てられません。こうだああだと評価できないのです。宇宙の核ととともに、絶対的な基準に公証されうる内容の根を持てないのです。そうであると、そこに及びえないために、その及びえない基準から評価されたその存在は、流れていってしまうのです。
メーターのようなものも、その原器があります。それを中心として違っているのではないかということを判定することができるのです。全部問題が起きるなら、ここに合わせてみるようになるとき、ピッタリ合えば、それは万世に不平を言っていた人も一時に皆離れていくのです。
愛には革命もなく、変化もないのです。変わるものには貴いものがありません。ダイアモンドは、堅さにおいて変わらないためにそれが宝物扱いを受けるのであり、黄金は黄色い色が変わらない特異な権威を持ったために、その色が変わらないところにおいて貴いのです。真珠は、調和した色、優雅な色を持っていますが、それが変わらないために貴いのです。貴いという宝物を、なぜ変わらない特性を中心として策定したか? それが宇宙の万物の存在価値を比較できる基準であるからです。
では、この宇宙の測定で、全体を測定しうる価値基準、いちばん最初の基準が何になるか? それが問題です。金でしょうか、ダイアモンドでしょうか? それは変わらない愛、壊れない愛です。壊れるようですが、壊れません。勝手にできるようですが、勝手にできないのです。そこに自分が含まれるのです。そこに策定されるのであって、自分が策定できないのです。
天暦12月13日(2011年1月16日)
訓読:【天聖経】「真の父母」
一、真の父母とは
二)真の起源
「真」とは この天地間に真なる方がいるなら、その方は誰でしょうか? 絶対者です。この絶対者を、今日我々の韓国語で言うと「お一人しかいないご主人様」ということです。一人(韓国語でハナ)しかいないご主人様をもっと縮めて言うと、神様(ハナニム)になります。お一人しかいないご主人様が、神様だということです。
では、神様はどんな方か? 神様は、地上の良い人も好きる人であってこそ、真なる人です。分かりますか? もう真なる人が分かったでしょう?(はい!)で、悪い人も好きです。罪を犯して死刑場に出て死ぬようになる死刑囚も「神様! 私をかわいそうに思って下さいませ。私はあなたが好きです」と言って死ぬでしょう? そうですか、違いますか?(そうです)。「神様、私は死ぬ! あなたが私をこうなるようにした!」(笑い) そう言いますか?(言いません!)
では、どうして神様の前では、悪いことをして死んでいく立場にある人も、良い心で犠牲になって再出発に希望を誓いながら、その神様の前に最高に寄与し、また頼り、彼とともにいたがり、内心では父母を離れ、兄弟を離れ、誰よりも切に近くで事情を通じたがるかというのです。これは、神様が偽りだからそうですか、真だからそうですか?(真だからです)。真であるためにそう言うのです。
真なる方は好きな者だけ好むのではなく、自分を殺せと言う怨讐までも好まなければなりません。彼の前には、すべてを任せることができ、すべてを相談したくもあり、すべてを願うこともできる立場にある人であってこそ、真なる人です。分かりますか? もう真なる人が分かったでしょう?(はい!)
では、お嬢さんたち、今まで育ってきた過程で、憎い人がいましたか、いませんでしたか?(いました)。では、憎い人がいる人は、真なる人ですか、偽りの人ですか?(偽りの人です)。ここの男たちも憎い人がいる人は、真なる人ですか、偽りの人ですか?(偽りの人です)。間違いなく偽りの人です。では、この世界には偽りの人が多いですか、真なる人が多いですか?(いつわりの人が多いです)。偽りの人が多いでしょう?(はい)。これをはっきりと知らなければなりません。
天暦12月6日(2011年1月9日)
訓読:【天聖経】「真の父母」より
一、真の父母とは
天暦11月21日(2010年12月26日)
訓読:「天地人真の父母定着実体み言宣布天宙大会」より
人類のための遺言
皆様、真の父母様は、すでに人類のための遺言を準備し、残しました。一生に六度、七度も生死を行き来する獄苦を経ながらも勝利し、準備した遺言です。永遠なる人類の教材、教本として八種類の本を残しました。冊数としては千冊を超える分量です。『文鮮明先生み言選集』、『原理講論』、『天聖経』、『家庭盟誓』、『平和神經』、『天国を開く門真の家庭』、『平和の主人、血統の主人』、『世界経典』、以上の八種類の書籍です。これらの教本は、皆様が霊界に入っていっても読み、学ばなければならない本です。決して人間の頭脳から出てきた言葉や教えではありません。天がかわいそうな人類を救援するために下さった天道を教える教本だからです。
皆様は、今からまず皆様の家庭から上記に列挙した教材・教本を中心として訓読会の伝統を立てなければなりません。一つの家族三代が新しい一日を始めるに当たって、まず天のみ言を訓読し、新しい心で訓読の人生を実践する伝統を立てなさいというのです。霊界と肉界が同時に真の父母様に侍り、同じ天道のみ言を毎日訓読する世の中をつくろうということです。このようになれば、いくらサタンが皆様の血統に乗じて蠢動するとしても、訓読会の伝統の前では立つ場がなくなるのです。正午定着的基準で影のない人生を生きていくそのような家庭に、神様の祝福が下らないとすれば、誰に下さるというのでしょうか。このような天の家庭がこの地に満ちるとき、この地球星は自動的に「One
Family Under God」のみ旨が完成した地上・天上天国となるでしょう。
天暦11月14日(2010年12月19日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」
二、真の御父母様に対する忠誠は神様に対する忠誠
父母に親不孝した息子の立場に置かれているのが人類です。不幸を招いた張本人が、私達人間です。天の前に言い表す事の出来ない不孝をしたので、親不孝した者が天の前に堂々と立つ為には、孝子となる事の出来る立場に立たなければなりません。
統一教会の食口たちは、天の孝子となる事を誓って立ち上がったという事を自負しています。しかし、私達は、再度冷静に批判、分析しなければなりません。私の手が、天の前にどれほど孝子の手として、天が慕う手となっており、私の顔がどれほど天の前に孝子の姿として、天が慕う事の出来る人になっているでしょうか。
自らの一身が、どれほど孝子の触媒となり、いかなる逆境にあっても、昼夜その逆境を克服しながら、孝子の行く道を開拓してあげる為に努力される父の姿を現す事が出来る様にしてさしあげたのかという問題を考えてみるとき、そこでは、私達は自分というものをもつ事ができません。(一九七二.八.一)
孝子になろうとすれば、父母の全ての苦労を、あるいは父母の前に最も困難な道を選んで責任をもつ為に立ち上がる者にならなければなりません。
天暦11月7日(2010年12月12日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」
一、真の御父母様は忠孝の標本
私達は、イエス・キリストを「王の王」と言っています。「主の主」、あるいは「絶対者の主体者」と言っています。しかし、そのお方の前で、「忠臣だ」と言って祝福された人はいません。この事を知らなければなりません。天の忠臣が現れず、天の孝子が現れず、天の烈女が現れなかったのです。
ある絶対的な信仰をもった人がいて、天が、天地を統治する事の出来る位置にその人を立てて祝福してあげたいと思われるとすれば、その人は、最高の位置に行く様になるでしょう。その様にしようとすれば、その人は、その国の「最高の忠臣」という名前をもたなければならず、その国の「最高の孝子」という名前をもたなければならず、信仰者たちを「新婦」と言われたので、その国の「最高の烈女」という称号ももたなければなりません。しかし、神様は、六千年間復帰摂理をしてこられましたが、「あなたは、天地が生じたその日から今日までの歴史において、かけがえのない私の忠臣だ」と言って祝福してくださった人はいません。「創世以後今日までの歴史において、あなたは私の前における真の孝子だ」と言って祝福してくださった人はいないのであり、烈女として祝福してくださった人はいないというのです。
それは、この地の各国家が、天が誇る事の出来る主権をもった国になり得なかったからであり、この地の家庭が、天が永遠に愛して守ってくださる事の出来る真の父母をもった家庭になり得なかったからであり、この地の人々が、天が永遠に信じてくださる事の出来る真の新郎新婦となり得なかったからです。
天暦10月30日(2010年12月5日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」
第六章 忠孝と真の愛の有無が天国行きと地獄行きの尺度
いくら邪悪な社会環境に直面したとしても、愛する父母がいて、その父母の懐に行って涙を流しながら寄り掛かる事が出来るならば、それはどれほど幸福な事でしょうか。
私が悲惨な立場にいる時に、誰も私を抱いて慰労してくれなくても、父と母の懐にもたれて涙をすっと流せば、その重荷を背負いながら苦しんでいる体を無言でなでてくれるその父と母の手は、億千万金を出しても買う事ができません。そこには、天下の名将として敵対軍を退けた勝利の気分を凌駕するほどの感謝の気持ちが訪れてくるのです。
それで、孝子、孝女になりなさいというのです。夜に傷つこうと、昼に傷つこうと、父と母に報告すれば、その父母は常に準備しています。なでてあげ、包んであげる心が常に準備されているのです。
たとえ包帯や薬は準備できなかったとしても、愛の包帯と愛の薬で私をなでてくれるという驚くべき事実、その場所は平和の香りで満ちあふれる様になります。これを支配し得る力は、ほかにないという事を知らなければなりません。
一生の間、子供の為に愛の関係を結んで生きる父母が血の汗を流し、腰が曲がり、その容貌がどれほど悲惨になったとしても、その心の世界に燃え上がる希望は、誰もくじく事ができません。直面する困難がどれほど強かろうと、そこには、それを一歩一歩踏み越えていく事の出来る偉大な力があるのです。
天暦10月23日(2010年11月28日)
訓読:【平和神経】「平和メッセージ10」
血統の重要性
天暦10月16日(2010年11月21日)
訓読:【天聖経】第五章 孝行と忠誠と宗教は不可分の関係
神様を占領する方法は忠誠を尽くす道理しかなく、父母を占領する方法は孝行する道理しかありません。ですから、皆さんは、神様の前に忠孝の道理を果たさなければなりません。(1964.6.12)
天暦10月2日(2010年11月7日)
訓読:【天聖経】第四章 神様に対する忠孝
二、神様を感動させる絶対忠孝
ノアじいさんは、迫害が激しく、乱れた環境の中でも、渾身の力を出したので、その環境に勝つことができました。神様の法度の前に、子女として忠孝の道理を果たすだけだ、という謙遜な心をもっていたのです。
神様の前に行けば行くほど、環境の非情さを感じて悲しみましたが、そのような時であるほどノアじいさんは、神様に申し訳ない心で悔い改めの涙を流していったので、彼が行く道を妨げる者はいなかったのです。
そのようにして百二十年間を過ごしてきたノアを一度考えてみてください。ノア一人に対して、サタン世界は、打つことができるすべての方法を動員して反対しましたが、神様が中心として立てられたその基準から、ノアは少しも外れることがなかったのです。その基準は、天宙の絶対的な中心として立てたものであり、宇宙の正義の人間として立てたものであり、真の勝利者として立てたものです。
それで、神様は、この基準に反対になるすべての怨讐の要素を清算しようとされたのです。(1966.6.4)
天暦9月23日(2010年10月31日)
訓読:【天聖経】第四章 神様に対する忠孝
一、神様の願い
神様はどのような方ですか。神様は人類の父母でもある方であり、神様は人類の王の中の王でもある方であり、すべてのものの中心でもある方です。その神様の息子になるために、個人的には一対一の立場で、一つの家庭を中心として見るならば孝子にならなければなりません。それも、世界的な孝子にならなければならないのです。
そして、孝の中でも最高の孝であり、忠の中でも最高の忠であり、聖の中でも最高の聖を代表することができる、そのような位置を占有した者だけが神様に侍ることができるならば、それらを別々にしてはいけないのです。神様の願いは、この三つを一度に成し遂げた人です。孝子にもなり、忠臣にもなり、聖人の中の聖人にもなる、そのような人を願うはずです。
このような観点から見る時、神様は、そのような方であることに間違いありません。私たちは、その神様を父母として侍り、子女の名分を備えるために努力しています。そのように、最上になることができる孝子の行くべき道を訪ねて、それを守ろうと努力する群れになろうという者たちが、あるいは宗派が、あるいは民族がいるならば、彼らの行くべき道は楽な道ではありません。楽な道を求めていくところには、そのような孝子は生まれてくることができないのです。
それは、正常な形態として現れることはできません。見ればすべての人が「間違っている」と言うでしょう。他の人々は東に行こうとするのですが、この人は、西だけではなく、南にも行き、東にも行き、北にも行き…。
誰かがついてこようとしてもついてくることができない、そのようなことをさせるはずです。そのようなことをする宗教が出てこなければならないというのです。それは、私たちが常識的に判断しても、そのような結論に到達します。(1972.9.10)
天暦9月16日(2010年10月24日)
訓読:「天地人真の父母定着実体み言宣布大会」のみ言より
貴賓の皆様、それならば、今日の人類が行くべき道はどこにあるでしょうか。今も世界の至るところで戦争と疾病、飢餓、そして自然災害によって無辜の人命が、毎年数千万人ずつ犠牲になっています。宗教、政治、教育、文化、思想など、どの分野を見渡してみても、個人はもちろん、集団にまで極度の利己主義的我執の沼にはまり、徹底して門を閉じ、鍵を閉めています。疎通のない不通の世界に転落してしまったのです。
結局、人類の諸般の問題は、真の父母である私たち夫婦が天から受け、一生の間、主唱して教育してきた“神様の下の一つの家族”思想、すなわち真の愛の教えによって解決せざるをえません。この思想こそが人類に平和と幸福の道を探し出してあげられる唯一なる道であるのです。
皆様、今日、私たちが生きているこの時代は、歴史的な大天宙的転換期です。歴史を変え、霊界と地上界を一つにして、神様が太初から願ってこられた理想天国をこの地上に創建しなければならない大天宙的革命期です。これ以上延期したり、延長したりする時間はありません。天はすでに2013年1月13日を“起源節”として宣布しました。実体的天一国の始発であり、起源となる日がまさに、その日なのです。3年も残っていません。
したがって、人類は今、天の命令に謙虚な姿勢で従順に従わなければならない時です。平和の王であられる神様の実体として地上界で摂理を経綸している真の父母様の導きに従い、残った3年間を全力投球、死生決断をしなければならない宿命的な時間が、今日の私たちの前に近づいてきたのです。霊界のすべての善霊たちも総動員され、皆様よりも一歩先に立って走っています。
天暦9月9日(2010年10月17日)
天気予報で雨が心配されていましたが、秋らしいさわやかな1日でした。杉並教会の面々が家族と一緒に礼拝に参加し、礼拝後は壮年部の方々が中心となっバーベキューを行いました。最後は全員で公園のゴミ拾いをして解散しました。


天暦9月2日(2010年10月10日)
韓国で行われた「天地人真の父母定着完了10.14祝福式」がインターネットを通し、同時中継されました。杉並教会においても、教区長夫妻を主礼とし祝福式が執り行われました。


天暦8月26日(2010年10月3日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」より
第三章 忠孝の道理
二、相手の心を読んで真の愛を施す真の忠孝
人類歴史は、堕落の歴史ですが、人倫道徳を中心として流れてきました。その道徳の中心は愛です。父母の前の孝子は、父母をより一層愛する人であり、国の前の忠臣は、国をより一層愛そうという人であり、国を越えて世界に愛を教えようとするのが聖人の道です。
自分の家庭よりも、自分の国よりも、世界を愛そうとするのが聖人の道理です。聖子の道理とは何かというと、天と地のすべての法よりも王宮法を中心として、「最高の愛を行いなさい」というのが聖子の道理だということを知らなければなりません。愛を中心として、すべてのものはこのようになるのです。
孝子は、家庭を愛するにおいて正しく行かなければなりません。忠臣は、国を愛するにおいて正しく行かなければなりません。聖人の道理は、世界の人々を愛するにおいて正しく行かなければなりません。
天子は、天国の王宮法を守り、天国の国法を守ることはできますが、天国の王宮法の道理までは知りません。その王宮の法まで備えて神様に侍ることができてこそ、聖子になるのです。人間が行かなければならない段階はそのようになっています。
孝子になれば国が歓迎するのであり、忠臣になれば聖人が歓迎するのであり、聖人は聖子が歓迎するのです。聖子は神様が歓迎するのです。その核は真の愛です。不変の真の愛、絶対的な真の愛です。
しかし、絶対的な真の愛をもって絶対的な孝子、絶対的な忠臣、絶対的な聖人、絶対的な聖子、絶対的な父の息子、娘の因縁を連結させることができるこの道を知らなかったので、さまよっているのです。どのようなことをしてでも天理と共に行かなければならない道が残っているということを知れば、さまようことはできません。(1990.10.3)
天暦8月19日(2010年9月26日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」より
第三章 忠孝の道理
一、生命まで惜しまない真の忠孝
新郎のために自分の命を捧げれば、烈女だといいます。孝子も、父母のために命を捧げる人のことをいい、忠臣も、国のために命を捧げる人のことをいいます。
しかし、天の基準は、永遠の命を懸けて忠誠を尽くし、孝行することです。この肉体は死にます。永遠の生命を懸け、それをすべて父のものとして、新郎のものとして、父母のものとして捧げることができる立場においてのみ、天的な烈女の基準が成立します。自らの命が動いて感じるすべてのものを傾けなければなりません。
それゆえに、聖書にも、「心をつくし、精神をつくし、思いをつくしなさい」と書かれています。それでは、尽くす基準とは何でしょうか。世界のいかなる忠臣よりも、いかなる孝子、孝女よりも、いかなる烈女よりも勝らなければなりません。
そうでなければ、神様の威信が立ちません。今まで、サタン世界にも多くの忠臣、烈女がいましたが、そのサタン世界の忠臣、烈女の基準と同じ基準を立てた人を天が忠臣、烈女として立てれば、神様の威信が立たないというのです。(1960.4.24)
孝子は、過去から現在まで、時代ごとにすべていました。その中から一番の孝子を選ぶとすれば、どのような人を一番の孝子、孝子の標本として選ぶのでしょうか。老いて孝子の役割をして死ぬよりも、若くして老いた人以上の孝子の役割をしたとすれば、より貴いのです。孝子も千態万状です。貧しい人、裕福な人、雑役をする人、物ごいをして暮らす人、あらゆる階級がありますが、孝子はどこにもすべています。
生きている人が真の孝子になることはできません。生命をまだ残している人が、孝子の部類に入っていくことはできません。孝行するために数多くの人々が死んだのですが、死んでいない人が孝子の表彰を受けたとすれば、孝行するために死んだ人々から讒訴されるのです。
死んだ人の中にも、孝行するために道を行く途中で死んだ人もいるのです。父と母が病気になったので、薬を買いに行く途中で死んだ孝子もいるでしょう。
薬を買いに行くのに、自分のお金をもって買いに行った人もいるはずであり、借金して買いに行った人もいるはずです。困難であればあるほど、その価値が大きくなるのです。忠臣も、死ぬ前には忠臣になることはできません。同じ道理です。
天暦8月12日(2010年9月19日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」より
第二章 真の忠孝
三、真の忠孝は従順により、より「ため」に生きる愛を施すこと
天暦8月5日(2010年9月12日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」より
第二章 真の忠孝
一、真の忠孝は困難の中でも自ら実行すること
易しい立場で易しいことをしながら孝の道理を果たそうという人よりは、限りなく難しい立場で孝の道理を全うしようという責任者、そのような立場に立った人、そのような立場に立った息子、娘こそが、孝子の行く道に入ってきた人です。それは間違いありません。
このように見るとき、神様は世界的な問題を心配していらっしゃるので、世界的な問題に責任をもとうという人がいれば、その人は、世界のいかなる民族やいかなる人よりも、神様の前で認められる近い立場に立っているということは言うまでもありません。
それゆえに、孝子の立場とは、「父母が受けた悲惨なことに対して代表的に責任をもとうとする立場だ」と結論づけることができます。
良いことがあっても、良いことは除き、常に悪いことに責任をもたなければならない道が孝子の行くべき道です。(1972.9.10)
周囲に散在する数多くの人々が父母に侍って孝行している生活環境において、父母の前に孝行するということは難しくありません。しかし、多くの人が、みな父母を排斥し、自らの行かなければならない道を避けようとする時に、たった一つしかない自分の生命を捧げる恨があったとしても、行かなければならないその道において父母のために生きようとする立場に立つならば、それこそ、環境を超越した立場で孝行の道理を果たした、ということになるのです。それゆえに、そのような人は孝子として立てざるを得ないという事実を、私たちはよく知っています。(1971.3.4)
孝子とは、豊かに暮らしながら孝行するのが本当の孝子ですか、貧しく暮らしながらも孝行をするのが本当の孝子でしょうか。(貧しく暮らしながらも孝行するほうです)。
一日に一食しか食事をとることができない家庭で育ち、自らの血肉まで売ってでも父母に三度の食事をとらせてあげるのが孝子ですか、三度の食事をとり、残って処理できなかった御飯をたくさん盛ってあげて侍るのが孝子ですか。どちらが本当の孝子でしょうか。(血肉を売ってでも孝行するほうです)。
本当の孝子は、豊かに暮らしている家からは出てきません。それを知らなければなりません。
天暦7月27日(2010年9月5日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」より
第一章 忠孝の意義
二、聖人、聖子は忠孝の完成者
大韓民国は、忠孝思想が本当に素晴らしいのです。それでは、大韓民国の民は、大韓民国に対してだけ忠誠を尽くせば良いのでしょうか。これが問題です。日本人は、日本の天皇に対してだけ忠誠を尽くせば良いのでしょうか。ドイツ人は、ドイツの主権者に忠誠を尽くせば良いのでしょうか。あるいは、アメリカの国民は、アメリカの大統領に忠臣の道理を果たせば、すべて通じるのでしょうか。違います。通じません。
大韓民国の国民に「あなた方は聖人になりますか、忠臣になりますか」と尋ねるとき、「今、大韓民国は忠孝の道理が中心なので、聖人のことは分かりません。忠臣になろうと思います」、これではいけません。
忠の道も重要ですが、誰においても聖人の道理を行かなければならない道が残されているので、聖人の道を行こうという新しい国民がいるとすれば、その国民は、世界の福を人類の前にもたらすことができる人々となります。
忠臣とは何かというと、忠臣は、その国家の福をすべての国民の前にもたらしてくれるのです。孝子とは何かというと、その福を家庭にもたらしてくれる人です。それを知らなければなりません。 (1978.10.28)
愛国者である忠臣と聖人では、どこが違うのでしょうか。忠臣とは、自分の国のために生命を捨てる覚悟をし、公的にすべてのものを投入していく人のことをいいます。
聖人とは、自らの民族を越えて世界人類のために生き、さらにはより公的な神様のために生き、世界人類に対して、その前で忠孝の道理を果たすために、いかなる孝の道、いかなる忠の道よりも、それ以上に尽くさなければならないと決意して立ち上がった人です。それをなすために、忠臣の位置を捨て、自分の国の国王を捨てていこうという人です。
天暦7月20日(2010年8月29日)
訓読:【天聖経】「真の孝の生活」より
第一章 忠孝の意義
一、忠孝思想は韓国人の中心思想
孝行する人は、自らの生活の中で良いことがあれば、先に父母を思います。良いものを見た時に、先に自分の夫や妻を思うのは堕落した世の中ですることです。先に自らの父母に貴い物を買ってさしあげなくては、自分の妻に買ってあげることはできません。
男性たちも、自分の服を買おうと思えば、先に父母に買ってさしあげてから買わなければなりません。そして、妻や子供たちにも買ってあげなければなりません。
御飯を食べる時も、父母に侍って食べなければなりません。サタン世界の父母が亡くなっても、三年間喪に服するのが韓国の風習です。ですから、この地上で三年以上精誠を尽くして父母に侍らなければ、天上世界に行って、「大韓民国の子孫だ」と言うことはできません。
昔、孝子が父母の三年の喪に服する時、墓地に穴蔵を建て、そこで起居しながら孝の道理を履行したのが韓国の礼法ではありませんか。
私たちは、それ以上にしなければなりません。私たち祝福家庭は、お互いの良い面を備え、父母に侍る生活をしなければなりません。
(1969.11.10)
*
韓国人は、古くから忠孝の志操が高い民族です。国軍の日(韓国軍創設記念日、十月一日)に五・一六広場に招待され、壮年の国軍の威容を見て満足感をもったことがあります。そして、その国軍の勇士たちが査閲台の前を通り過ぎながら叫ぶ「忠孝」というスローガンは、本当に印象的でした。
神様から召命を受けた民族として叫ぶスローガンとしては、あまりにも啓示的でした。世界のどこの国にも、このようなスローガンを叫ぶ軍人はいないでしょう。
韓国は、最後に神様に忠誠を尽くして孝行する民族なので、今日、その忠孝精神が国家の中心思想になったのです。沈清の父母のために尽くす哀切な孝行心、春香の夫に対する志操、鄭夢周の君主に対する忠誠、柳寛順の殉国精神、このような忠孝の志操は、古今東西、どこにもその類例を見ることができない韓民族の魂です。
天暦7月13日(2010年8月22日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
第四章 天一国の民になる道
七、(4)
天宙天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式の祝祷
愛するお父様! きょうは、天一国三年二月六日、この日は、真の御父母様の、八十三回と六十回を迎える聖誕の日であると同時に、「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」を挙行する、歴史的な転換の日でもございます。
「天一国」という名は、神様が、堕落していない本然の創造理想を中心として完成したアダムとエバを中心として、祝福することによって、霊的父母と実体父母が一体となり、新しい真の愛を中心として真の生命と真の血統を連結させ、家庭定着を願った希望の一日でありました。
中略
真の父母は、汚れたサタンの血筋を清める時まで、数千億の霊界と地上の人たちを、一心、一体、一念で祝福することによって、天宙父母と天地父母の腹中に一つになって宿った息子、娘の姿となり、出発的基準において、天上、天の国を中心として地獄と楽園を解放し、三六〇度、どの方向にも天の玉座に向かって直行することができる、自由解放圏をもつようにしてくださった「天宙・天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式」をもつようになることによって、本然の形態の姿勢を整えた場において、新たに神様と真の父母が一心同体となり、全体、全般、全権、全能の行事を万宇宙に出発し得る、家庭的天国理想世界に出発することができることを、宣言、命令するようになったことを感謝申し上げます。
きょうを期して、悪の権勢は後ろに退かなければならず、善の権勢は、前に立って全体を指揮、指導し、新しい天国文化世界の創建に向かって前進し、天の国の栄華と栄光を全天宙に充満させ、万世の祝福された家庭が相続し、天上・地上における解放の主権的愛の主権を受け継いで相続するうえで、天上世界と地上世界の前に不足のない、天国に入籍した祝福家庭の国となるように許諾してくださることを、懇切にお願い申し上げます。
この日、天宙父母と天地父母が、一心、一体となった場において、天国開放を中心とする天一国の統一の世界に、一体理想の主権の世界に前進することを、真の父母の名によって、命令、宣布しながら、懇切にお願い申し上げますので、願うとおりに成就するようにしてください。真の御父母様のみ名によって御報告いたします。 アーメン! アーメン! アーメン!
天暦6月28日(2010年8月8日)
訓読:真の父母様への宣誓
ここに神様の心情を解放された永遠なる私の真の父母様がいらっしゃいます。真の父母様は暗い過去から私を救ってくださり、私の未来を祝福してくださり、私に真の愛と真の赦しと真の幸福をくださいます。私はこのすべてのものを授かることを願います。私の心情は目覚め、私の心はこのすべてのものを授かる準備ができています。私はこの瞬間から変化するでしょう。私の名で報告祈祷いたします。アージュ!
天暦6月21日(2010年8月1日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
第四章 天一国の民になる道
七 天地父母様天一国開門祝福聖婚式と天宙天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式
2.天地父母様天一国開門祝福聖婚式の祝祷
愛するお父様! きょうは、天一国三年二月六日、この時間を期して、天上世界の祝福を受けた家庭と地上世界の祝福を受けた家庭が、天一国に入国するためには、入国することのできる天理の道理に従い、天上・地上世界の家庭が兄弟の因縁を立て、カイン的兄であるすべての先祖も祝福を受け、弟の立場にいる地上の家庭も祝福を受け、兄弟の因縁を御父母様の血筋を通して代置してくださる功労によって、兄の立場の先祖が弟になり、弟の立場が兄になって、天地開闢の役事を起こすことのできる、希望の出発である、「天一国開天日」をもつようにしてくださったことを感謝申し上げます。
今、御父母様がこの地上でなした実績、天上において天宙父母様がなした実績、天上・地上の御父母様が標本となり、復帰路程で苦労したすべての子女たちを再創造し、天一国の国民として入籍することができる祝福の家庭が、本然の基準において失ってしまったものを蕩減復帰し、本然の位置で天地父母をお迎えして、子女の名分を備え、本然の地上・天上の宮殿を中心とした先祖の故郷に向かって直行し、入っていくことができ、祝福された天上・地上の兄弟の友愛を哀れんでくださり、真の父母がこの地上で功を立てて、蕩減、解放し、血統的な立場で伝授して、与えられたすべてのものを、今、ここにいる直系の子女から、御父母様の名と、そのみ言と、み言の実績と、み言の実績を中心とした天宙解放の全体解放の標準を、そっくりそのまま相続し、地上にいる弟の立場が兄の立場に代わり、天上にいる兄が弟の立場で教導し、ひっくり返ったものを元に戻して、本然の天上世界、天に直行することができる大道に向かって前進するようになります。
天暦6月14日(2010年7月25日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
第四章 天一国の民になる道
七 天地父母様天一国開門祝福聖婚式と天宙天地真の父母様平和統一祝福家庭王即位式
1.天地父母様天一国開門祝福聖婚式の祈祷
天宙を抱いて真の御父母様の天一国開門祝福聖婚式が始まり、夫婦の因縁を備え、天上世界と地上世界に恥ずかしくない、真の御父母様の伝統、本然の創造理想の願いであった心情的要求の希望を完成することができる天地解放のうえに、天一国、祝福家庭が入っていく国の基礎を出発することができる、真の御父母様の聖婚式を中心として、真の愛、真の生命、真の血統の因縁によって伝授された、すべての祝福家庭、地上にいるアベル的祝福家庭と天上にいるカイン的祝福家庭、私たちの先祖たちが地上にいる祝福完成した家庭を協助するために、天上世界の神様と聖人、聖子、すべてが地上の祝福を受けた家庭を協助し、弟の立場で兄に侍る、一体的な地上完全勝利の覇権の前に一体となり、万世の解放と善意の覇権を、愛の主権をもって、ごく小さなものから大宇宙全体を抱いて愛することのできる、御父母様の血肉的因縁を全体の被造万物が相続し、本然の生命の喜びと本然の幸福の充足をもって、小さなものは大きなもの、大きなものはより大きなもの、最後には、神様から生命が出発した真の父母の体にまで、吸収、統一、完成し、真の父母の愛を中心とした家庭、祝福家庭と万宇宙の存在を一体化させ、再びお父様の前に祝福の解放圏の天一国に入っていくことができる被造万物として、奉献することができる、出発の時を迎えるようにしてくださったことを感謝いたします。
この日の祝福は、天上世界の喜びであり、地上世界の喜びであり、天地父母の解放的喜びであると同時に、天地父母の勝利的、解放的喜び、二人の父母が喜ぶことのできる天一国の地上・天上の祝福家庭が一体となり、一心、一体、一念、一和のみ旨を抱いて、故郷を出発し、あなたの願われる、相対的で理想的な祖国に向かって、神様の創造理想の本性的基準で祝福を受けた、天宙を相続するのに不足のない、完成解放、勝利、完結することのできる、天一国の民となることを、この時間に、特権をもって、天地父母と天宙父母の名によって宣布いたしますので、祝福の日の、この記念を、共に伝授、相続してくださることを、真の父母の名によって、懇切にお願い申し上げながら、報告いたします。アーメン! アーメン! アーメン!
天暦6月7日(2010年7月18日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
六 天宙天地真の御父母様の勝利圏相続
3.実績
過去にはこのような蕩減路程が……。過去には、祈祷し精誠を尽くしても、この時以外は宗教の教主と会うことができませんでした。会ったのちには分かれるのです。ですから、また上がっていかなければなりませんでした。しかし、今は、宗教圏を中心としてすべて地上に再臨することができる時代が来ました。そのような時代が来たので、皆さんは、過去の時代、現在の時代、未来の時代を動かすことのできる実績をもたなければ、天国に行くことができません。それを知らなければなりません。過去の時代は、今霊界に行っている善霊人たちや天使たちの時代だったのであり、現在の時代は、父母の時代です。
そして、未来の時代は、神様の時代です。それゆえに、霊界を動員し、真の御父母様を動員し、神様を動員することのできる、そのような実績をもたなかった人は、天国に入っていくことができないというのです。アダムとエバに対して天使が協助し、神様が動いたのと同じです。そのようにしたのちに、宇宙はアダムとエバが動かさなければならないのです。
実績のない人は、神様には必要ありません。愛を中心とした実績がなければなりません。それゆえに皆さんも、三十六家庭、七十二家庭、百二十家庭の一族を従えてこそ、天国に入っていくことができるのです。それをなすことができなければ、入籍することができません。原理がそのようになっているのでしょう?。 そうですか、そうではありませんか。「三十六家庭だ」と言って威信を誇りますが、先生が三十六家庭を立てたのは、ただ立てたのだと思いますか。恐ろしい位置なのです。サタンも、誰かをもってこの前で攻撃させるかもしれません。
今、完成した真の父母が多くの宣布式を行っています。それは、あの訓読会の内容の中にあります。何々の式、天地父母天宙安息圏などです。世界平和統一家庭連合定着と蕩減解消宣布式など、多くの式をしてきました。それは、解放していく道をつくり、峠を崩して平坦にしていきながら、本来の世界の基準にしようとすれば仕方のないことです。そのような過去の実績をもった人でなければ、真の父母になることはできません。メシヤになることはできません。再臨主になることはできません。それをはっきりと理解しなければなりません。
天暦5月30日(2010年7月11日)
天暦5月23日(2010年7月4日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
六 天宙天地真の御父母様の勝利圏相続
2.み言
原理には三大裁きがあります。真理、人格、心情において裁きます。堕落は三大要件を犯したからです。先生は成して、あなた方に教えているのです。復帰の道は成して教えるべきであって、成さないで教えるのであれば、聖書において六千年前にもう既にやってきています。なぜでしょうか。原則があるからです。父母の信仰が立たないから、父母が先に知らなかったから、知るのも父母が先に知らなければなりません。父母が先に実行できなかったから、実行するのも父母が先に実行してこそ、知るようになるのが原則です。ですから、原理は先生から、もう成した基準に立っていないと教えられないのです。
あなた方は、原理をパスしなければなりません。原理をパスして、原理基準に引っ掛からないような自らとならなければなりません。そうして原理の実体者にならなければなりません。蕩減原則から外れた人には実体復帰は成されません。そのような条件が残っている場合には、サタンがいつも私のものだといって、引っ張っていきます。ですから、実体基準を立てようとすれば、サタンと正面で対抗し、勝利しなければなりません。
聖書には、善悪の実を「取って食べてはならない」という内容が出てきます。そこには、人間と神様との関係を破綻させ得る内容が込めてあったからです。それで問題になるのです。原理ではこの事実を明確に解明しています。原理は、堕落に対する事実がはっきり分からない人には、偉大な福音です。苦痛を受けながら生きているすべての人々を救援することのできる、偉大な福音です。
天暦5月16日(2010年6月27日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
六 天宙天地真の御父母様の勝利圏相続
天暦5月9日(2010年6月20日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
五 天一国主人の生活
3.神様と真の父母のための侍る生活
今日、堕落した人間たちに父母はいますが、その父母は真の父母ではありません。その父母は、神様に認められた父母ではないというのです。それでは、終わりの日に私たちがしなければならないこととは何でしょうか。私たちが生きているこの時に、宇宙的な父母をお迎えしなければならず、教団的な父母をお迎えしなければならず、その次には家庭的な父母までをお迎えしなければなりません。すなわち三代の父母に侍らなければなりません。家庭は、民族を代表することができる型であり、教団は、子女の代わりをすることができる型であり、宇宙的な父母は、真の父母の代わりをすることができる型です。
今日、地上に人間たちが生きていますが、神様が許諾された真なる父母の愛の圏から外れています。父母と血と肉が相通じる因縁が、私から永遠の世界まで連結していないことが寂しいことなのです。それゆえに、家庭的な父母から教団的な父母と、宇宙的な父母と、神様の愛が絡み合って、初めて六千年全体の愛の圏に入っていき、神様に顔を上げて立つことができるということを皆さんは知らなければなりません。これが、私たち人間が必ず行くべき路程です。
もし人間が堕落せずに生まれていれば、神様の愛と生命がすべて連結された種から生まれていたのです。それでは、その生命はどこに行くのかというと、ほかに行く所はないというのです。その生命は、自動的に神様に帰ります。磁石があれば、N極は、S極に向かって自動的に行くのと同じです。そのようになっていれば、神様がいるのかいないのかを尋ねる必要はないというのです。空気があるのかないのかは分かりませんが、なければ息が苦しいのです。同じように、神様もいるのかいないのか分かりませんが、その愛とその生命力によって生きなければ、すべてのものが窒息してしまうのです。
天暦5月2日(2010年6月13日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
五 天一国主人の生活
2.純潔の八段階
救援摂理は再創造摂理です。再創造摂理は、神様の創造原則にかなう純潔な万物、純潔な人、純潔な血統、純潔な愛を立てるためのものであり、これが創造の過程なのです。純潔な地上に純潔な万物、純潔な人、純潔な愛を立てるためのものが創造の理想であり創造目的なので、これを成し遂げるためには、私たちの一身において自由にならなければなりません。
純潔な体を取り戻すためには、サタンの基盤になっている体を打って、サタンを追放してしまわなければなりません。そして、純潔な心と体、物質と精神が一つになり、それからサタン圏を抜け出し、約婚段階において三年を経たのちに完成圏の祝福家庭を成すのです。これを原理から見るときには、人間の責任を完成することができる立場に上がっていくということです。このような復帰路程と蕩減路程を知らなければなりません。このようにしなければ上がっていく道がありません。
純潔の八段階とは、純潔、純血、純愛、純孝、純忠、純聖、純婚、純家庭の道理を果たし、真の父母によって個人から家庭、氏族、民族、国家、世界、天宙、神様まで、地上において八段階の秩序を完成した形態として立てることによって、はじめて対象的な横的個人、家庭、氏族、民族が相対的基準で一体化するのです。
天暦4月24日(2010年6月6日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
五 天一国主人の生活
1.一心、一体、一念、一和
あなたと私は、心と体が一つになった同じ位置、それはすなわち夫婦一心、父子一心という位置です。一心は、一つは上にあり、もう一つは下にあるという状況では成立できません。父親が上にいて、息子、娘が下にいれば、一心になることはできないのです。お互いが同等な立場で平面的に位置していてこそ一心になるのです。内的外的関係が平面線上の位置に立ってこそ一心になるというのです。夫婦も同様です。
横的関係において内外関係、前後関係の位置に立ってこそ一心になるのであって、上下関係では絶対に一心になることはできないというのです。
一心統一です。目が一心にならなければならず、鼻も一心であり、すべて一心です。心と体も一心であり、男性と女性も一心です。国の氏族も一心であり、国も一心にならなければなりません。王が願うとおりに一心にならなければならず、世界の大統領と一心となり、神様と一心となり、天地の大統領と一心統一になれば、世界は一つの国になるのです。その統一された国は、人の国ではなく、正に私の国なのです。
天暦4月17日(2010年5月30日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
第四章 天一国の民になる道
四 天国の所有権を得ようとすれば天の民を大勢連れていかなければならない
皆さんは、「私たちは、希望の民を求めてきた群れだ。
希望の国を蘇生させるための群れだ。私たちが手を付ける日には、国を蘇生させ得る、一つの要素となる国民が蘇生する。私たちは、国の伝統的思想を受け継いだ者として、私たちの願う国を再建するために立ち上がったので、正しい伝統的思想によって彼らと一つになり、正しい国を求めていかなければならない。私たちは、そのような群れを募集するための募兵責任者だ」、このように考えなければなりません。
天暦4月3日(2010年5月16日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
第四章 天一国の民になる道
三 天一国の民の態度と資格
神様は、ただ外的に民族の形態だけを備えた民族を待ち望んでいらっしゃるのではなく、外的な形態だけを備えた国家を待ち望んでいらっしゃるのでもありません。民族がいれば、その民族を動かすことができ、国家と主権があれば、その国家の主権を動かすことができる、心情で連結された一つの主権と、一つの民族と、一つの民を待ち望んでいらっしゃるのです。
選民ならば、彼らは、神様がいかなるお方かを知り、いかなる目的のために自分たちを立てられたのかを、はっきりと知らなければなりませんでした。そのようにして、いかなる苦難に直面しても、いかなる艱難が迫ってきたとしても、それを貫かなければならなかったのです。このようなことが、当時のイスラエル民族の取るべき態度であり、神様に対する心的基準でした。
しかし、選民であることを誇ったイスラエル民族は、歴史路程において神様に多くの罪を犯しました。もちろん、その時代に対する犯罪よりも、その時代を動かしている神様の心情に対する犯罪のほうが大きかったということを、まず私たちは知らなければなりません。
それでは、神様が人間を復帰するには、何から復帰しなければならないのでしょうか。願いも願いですが、事情、さらには心情を復帰しなければなりません。切っても切ることができず、分けても分けることができない心情の世界を復帰しなければなりません。ですから、今まで神様は、心情の基台を広めるために、その一日を見つめながら、歴史の峠ごとに背後で苦労してこられたのです。今日私たちは、このような事実を知らなければならないのであり、これを知らなかった先祖に対しては、公憤の心情を抱いて抗議しなければなりません。
私たちが様々な事情に絡んだ生活環境で暮らしているとしても、それは結局、すべて過ぎ去ってしまうものです。いくら「地上で幸福な生涯を生きた」と言って自らの栄華を謳歌する者がいたとしても、それはすべて過ぎ去ってしまうのです。
天暦3月26日(2010年5月9日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
第四章 天一国の民になる道
二 天一国は本然の故郷
人間は、誰かの子女にならなければなりません。その誰かの子女とは、神様の子女のことです。誰かの兄弟にならなければなりません。その誰かの兄弟とは、神様の家庭の兄弟です。誰かの夫や妻にならなければなりません。それは、神様の家庭の夫や妻のことです。
内的な神様のすべてのものを実体的なものとして御覧になり、刺激をお受けになるために、神様はアダムとエバを創造されました。アダムとエバは、第二の実体の神様です。愛の相対を必要としてお造りになったからです。神様の愛の相対は、猿ではありません。人間以外にはいないのです。
今まで神様は、所有権をもつことができませんでした。サタンがすべて所有したのです。サタンの国、サタンの民、サタンの物、すべてがサタンの所有です。サタンが神様の所有権を盗んでいったのです。真の父母も所有権をもったことがありません。いまだに真の子女、真の国、真の世界としての所有権をもったことがありません。真の人、真の男性と真の女性が生まれなかったのであり、所有し得る人が生まれなかったので、そのような所有権をもつことができなかったのです。
今まで神様は、所有権者になることができませんでした。悪魔が主人になったのであり、神様の息子、娘が主人になることはできませんでした。主人に代わって悪魔と悪魔の息子、娘が、神様の創造された被造物に対して権勢を振るい、害を被らせてきたのです。これをすべて回収しなければなりません。万物は、すべて本然の父母のもとに帰らなければなりません。真の父母と真の子女、真の国、真の氏族のもとに帰らなければなりません。
天暦3月7日(2010年4月25日)
訓読:【天聖経】天一国主人の生活より
第四章 天一国の民になる道
神様と人間が一つのみ旨を中心として一つの愛に和合して生き、全天地が神様の愛を喜びながら、その愛を実際の生命の中心として立てた中で、すべてが一つになって生きることが神様の創造本然のみ旨でした。しかし、アダムとエバが堕落することにより、神様の愛は、神様の愛としてのみ残るようになりました。すなわち、人間と関係を結ばなければならない神様の愛は、人間と関係を結ぶことができずに人間から離れるようになり、すべての被造世界から離れるようになったのです。
それゆえに、今まで神様は、御自身が立てようとされたその愛を中心として、すべての万物を糾合し、神様と万物が共に喜ぶことのできる一日を願われながら、六千年の歴史を経過してこられたのです。しかし、いまだ全被造万物が神様の愛を中心として一つに統一されないまま、その神様の理念は、理念のまま残っていて、取り戻さなければならない希望の愛もそのまま残っているのです。ですから、今まで神様は、そのみ旨を必ず成し遂げるために摂理してこられたのです。
このように、人間の堕落以後今日まで、時代を問わず、神様は、神様の希望を成し、人間に対して信じ得る心と、愛することができる一つの心を取り戻すために、長い間摂理してこられたのですが、いまだにそれらを成し遂げることができず、取り戻すことができずにいらっしゃるのです。